特集・インタビュー
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舞台『ねじまき鳥クロニクル』のクリエイターが異なるジャンルのクリエイターと対談するインタビューシリーズ後編は、小学館で漫画編集者を務める千代田修平さんが、『ねじまき鳥クロニクル』の脚本を手がけた藤田貴大(マームとジプシー)にあれこれインタビュー!累計300万部を突破、アニメ化も決定している「チ。―地球の運動について―」(魚豊・作)をはじめ、若手ながら数々のヒット作を手がける千代田さんは、村上春樹、そして藤田作品のファンでもある。“作品づくり”のプロの視点で、舞台の魅力に切り込んでもらおう。
(取材・文:川添史子/撮影:渡邉 隼)
PROFILE
■藤田貴大 Fujita Takahiro
演劇作家。2007年にマームとジプシーを旗揚げ。以降全作品の作・演出を担当する。作品を象徴するシーンを幾度も繰り返す“リフレイン”の手法で注目を集め、12年第56回岸田國士戯曲賞を受賞。以降、様々な分野の作家との共作を行うと同時に、演劇経験を問わず様々な年代との創作に取り組む。16年第23回読売演劇大賞優秀演出家賞受賞。近年の主な作(上演台本)・演出作品に、『cocoon』『Light house』『ロミオとジュリエット』『書を捨てよ町へ出よう』など。演劇作品以外でもエッセイや小説、共作漫画の発表など活動は多岐に渡る。
■千代田修平 Chiyoda Shuhei
1993年生まれ。東京大学文学部卒。
2017年小学館入社。週刊ビッグコミックスピリッツ編集部で「映像研には手を出すな!」「チ。―地球の運動について―」 などを担当。2020年からはマンガワン編集部にて「日本三國」、「レ・セルバン」、「ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ」などの作品を担当している。
02 あえて曖昧さを残す手つきが「もう一回見たくなる感覚」を喚起する
03 初期作品の衝動やエネルギーをどう維持&発展させるかの話
04 「これが村上春樹だよね」と思わせた舞台の秘密
原作と現場感覚の間を行き来して仕上げていった脚本化
2023年舞台写真/撮影:田中亜紀
千代田:正直、今日はかなり緊張しています。実は僕、大学時代に演劇をしていて、そのころに観た『cocoon』*再演(2015年)は衝撃の演劇体験でした。それ以来、藤田さんの演劇団体マームとジプシーの作品はずっと拝見していますし、今回「藤田さんと対談をしませんか」とホリプロさんからお声がけいただいた時も、畏敬の念のあまり最初はお断りしたぐらいで。
*2013年夏初演、上演を繰り返す藤田作・演出の舞台。原作は沖縄戦に動員された少女たちを描いた今日マチ子の漫画。音楽を原田郁子が手がけた。
藤田:そんな、ありがとうございます(笑)。
千代田:さらに言うと村上春樹は一番好きな小説家なので、僕にとって舞台『ねじまき鳥クロニクル』は好きなもの同士による夢のコラボ。もちろん初演もめちゃくちゃ面白かったですし、こんな機会までいただいて……“人生総決算”な気持ちで今ここに座っています(笑)。あの壮大な原作を脚本化する作業は、相当大変だったのでは?
藤田:原作が1994年に出版された小説です。脚本化のファーストステップは、小説全体をひたすらワードでテキスト化してもらって、デジタルデータを受け取る……そんな地道な作業からのスタートでした。
千代田:なるほど、90年代は今ほどデジタル化が進んでないですもんね。
藤田:そうなんですよ。次にイスラエルにいるインバルとアミールの二人から「ここを芯にこういう構成にしたい」というリクエストが届き、それに対して「だったら、こういう感じ?」とバックしていく……日本語・英語・ヘブライ語の翻訳を介しながら少しずつまとめ上げていく作業は時間も掛かりますし、大変でした。1年ぐらい掛かったと思う。稽古開始後も二人から「このシーンはこうしたい」という新しいリクエストが出るので、その都度、現場で更新し続ける。原作と現場感覚の間を行き来して仕上げていった記憶があります。
千代田:二人とのやりとりで面白かった点はありますか?
藤田:感心したポイントは沢山ありますが、その一つは要素の取捨選択ですね。当初僕は、日本語を知っているだけに「残しておこう」と思っていた場面がいくつかあったんです。でもそこを彼らはスパッとカットするんですよ。その、日本語を知る僕らにとっては意外なカットでも、身体でビジュアライズすると効いてくる。言葉も場面もクリアになると立ち上がる空間の純度も高くなるし、そうした「言葉の外から見た視点」で切り込む強さとセンスは勉強になりました。
稽古場レポートより引用/撮影:田中亜紀
あえて曖昧さを残す手つきが「もう一回見たくなる感覚」を喚起する
千代田:最初に僕が村上作品を読んだのが中学生の時で、当時は半分も意味がわかっていなかったと思うんです。でもファーストインプレッションから衝撃だったし、その後、繰り返して読んでいく楽しさもあって。だから今回の再演で、「作品に触れなおす」のも、すごく楽しみなんです。
藤田:「村上作品を繰り返し読む楽しさ」ってありますよね。僕もたまに、「ノルウェイの森」で「主人公たちが火事を見ながら歌っていたシーンって、なんだったんだろう?」というふうに読み返すことがあるんですよね。それが不思議だなあ、と思うんです。春樹さんの作品って「あれってなんだったのかな」ともう一度めくりたくなる。
千代田:そうなんですよ!高校、大学、社会人……と年齢を重ねて読み返すたびにわかる部分が増えてくるし、発見もある、得体のしれない奥行きを感じます。とりわけ「ねじまき鳥クロニクル」は、読むたび新鮮な気持ちで「こんなことが書いてあったのか」と思える不思議な小説ですしね。藤田さんは脚本化にあたり、どんな部分を面白いと感じましたか?
藤田:いきなり違う文脈のものがパッと立ち現れる構造って、「今で言うSNSにおけるスレッドみたいだなあ」と思いながら、改めて読んだんですよね。おそらくこの小説が書かれた当時は想定していなかった、けれども現代ならではの交差していく言葉の在り方に気がついたとき、これは面白くなりそうだと思いました。
千代田:なるほど。おそらく90年代だったらイラク戦争を思い浮かべていた場面なんかも、今なら否応なくロシアとウクライナ、イスラエルとパレスチナのことを考えるでしょうし……時代、時代と繋がっていく感覚ですよね。そこが“世界的作家”の証左でしょうし。
藤田:初演の稽古でアミールとインバルが、わかりやすい方向に転がらないよう演出していると感じたんですよ。その、あえて曖昧さを残す手つきが「もう一回見たくなる感覚」を喚起するというか、村上作品の「もう一回めくりたくなる感覚」にも通じる気がします。ただ戯曲にするためには、ある方向を明確にしていかなくてはいけない場面もあって。そのバランスが難しかったですね。例えば、原作では悪の描かれ方が実に多面的なので、綿谷ノボルをある種のヴィラン(悪役)みたいに、わかりやすいキャラクターにもできなくて。
2023年舞台写真/撮影:田中亜紀
千代田:ああ、そこは悩ましいポイントですね。僕が担当した魚豊さんの漫画「チ。―地球の運動について―」*にも一人のヴィランがいるのですが、これが本当の意味として悪なのかは、最終的に読者に委ねられるんです。本当は「完全なる悪」を立てた方が読者がわかりやすいし、「コイツを倒せばスカッとする」みたいな気持ちよさも出せる。でも実際にはそんな悪、存在しないですもんね。僕の考えでは、“わからない”や“異質なもの”が生み出す「面白い」と、“わかりやすい”が生む「気持ちいい」は、真逆のものなんです。理想を言えば、随所で「気持ちいい」の助けを借りつつ「面白い」を伝えられる作品ですが……。そう考えていくと、藤田さんの作品は「めっちゃ気持ちいい」と「面白い」が奇跡的なバランスなんですよ。その異質さにドキッとするし、でも気持ちよさもあるから没頭してのめり込んで観てしまうというか。
*15世紀のヨーロッパを舞台に、地動説の証明に命を懸ける人間たちを描く。数々の漫画賞を受賞、アニメ化も決定している(小学館)
藤田:そう言っていただけると嬉しいです。
初期作品の衝動やエネルギーをどう維持&発展させるかの話
藤田:そういえば、昨年の『cocoon』ツアー中、カンパニーみんなで「チ。」を回し読みしてました(笑)。
千代田:マジですか!
藤田:魚豊さんは「ひゃくえむ。」*もとても面白かったし、その次の作品が「チ。」という作品だなんて、ものすごい挑戦だなあと思って読んでいました。千代田さんのプレッシャーもとてつもないものだったんじゃないかな、と想像します。
*魚豊の初連載作品(講談社刊)。100m走に魅せられた人間たちを描く、熱血スポーツ青春グラフィティ
千代田:まさにその「ひゃくえむ。」が「面白すぎる!」と思って魚豊さんにお声がけしたんです。作家さんの1作目って濃度がすごいというか、初期衝動みたいな要素が詰まっているじゃないですか。これを言うと編集者としてはイヤな奴ですが、その1作目の熱量を保ちつつ、「2作目は僕とやりましょう」というパターンが自分は多いんです。業界的には嫌われますよね(苦笑)。
藤田:いや、素晴らしいと思います。面白いものは、どんどん広がっていけばいい。1作目から2作目に至るまでに何があったのだろうと思って感動したんですよね。時間の捉え方や、人物に対してのアプローチがだいぶ深化したように読めたので。
千代田:それはもう、魚豊さんの実力です。
藤田:千代田さんがおっしゃる「面白い」「気持ちいい」のバランスとか、初期作品の衝動やエネルギーをどう維持&発展させるかの話は、春樹さんの作品にも言えるような気がしています。「ノルウェイの森」から「ねじまき鳥クロニクル」への拡張力って興味深いなあ、と思っているんですよね。小劇場でキャリアをスタートした自分の経験に置き換えると、表現の濃度を保ちながら「どうやって大劇場で勝負するか」みたいな葛藤と重なるようなイメージなんだけど。
千代田:密度と濃度のレンジを維持しながらどう拡張させるか……村上作品にとっての「ノルウェイの森」から「ねじまき鳥クロニクル」が、藤田さんにとって若手時代を過ごしたSTスポットから大劇場である東京芸術劇場プレイハウスであり、それは魚豊さんにとっての「ひゃくえむ。」から「チ。」である、とおっしゃってくださっているならば……今、僕は、ものすごく嬉しいんですけれど(一同笑)。
舞台版『ねじまき鳥クロニクル』は、原作から考えると驚くような演出の場面がいっぱいあったじゃないですか。でも最終的には「これが村上春樹だよね」と思わされる力強さがすごかったです。
「これが村上春樹だよね」と思わせた舞台の秘密
2023年舞台写真/撮影:田中亜紀
藤田:脚本の部分では、春樹さんの言葉が持つ世界観は維持するべきだと判断しました。例えば、すごく細かく言うと「〜なのだろうか」は「〜なんじゃないか」とした方が台詞としては言いやすいかもしれない。でも「~なのだろうか」とあえて残しておいたんですよね。春樹さんが描いた登場人物たちは、やっぱりその文学/文体の中にいてほしいから。だからその言語感覚に、まず役者さんたちは格闘してくれましたね。
千代田:今回「ねじまき鳥クロニクル」をAudibleでも聞いてみたんですが、朗読で聴いてもイイんですよ!今、藤田さんがおっしゃったような、村上作品の文体の持つ独特の言い回しやリズムが心地よくて。でも確かに、複数の役者がリアルな会話としてやりとりする演劇の場合は大変ですね。初演の時は見事に成立していました。
藤田:原作を扱うなら、原作へのリスペクトは絶対に持つべきですよね。「ねじまき鳥クロニクル」のニュアンスだけを受け取ってなんとなく現代版みたいにして書くことはしたくなかったんです。描いていた当時の空気や筆圧みたいなものを想像しながら、戯曲全体に吹き込みたかった。今振り返ってみても、そこはかなり苦心しました。
千代田:なるほど、そのご苦労を伺うと、舞台で「これが村上春樹だよね」と思わされた秘密を垣間見た気がします。僕は圧倒的な瞬間がある作品が好きですし、そういう表現に触れると「やべー!」「凄すぎる!」と叫んじゃうんですね。『ねじまき鳥クロニクル』は客席に座っていたのでさすがに叫びませんでしたが(笑)、出てくる場面、場面、まさにその連続。漫画ファンの皆さんにも体感してもらいたいし、僕自身、再演でもう一度味わえることにワクワクしています。
藤田:演劇は常に、今という時間のもとに集った人だけが観られるもの。僕自身も『ねじまき鳥クロニクル』初日が楽しみですし、皆さんも“この瞬間の贅沢”を感じてくれたら嬉しいです。
作品名 | 舞台『ねじまき鳥クロニクル』 |
期間 | 2023年11月7日(火)~11月26日(日) |
会場 | 東京芸術劇場プレイハウス / ▼座席表 |
上演時間 | 1幕90分/休憩15分/2幕75分(計3時間)予定 |
チケット料金 | S席:平日10,800円/土日祝11,800円 サイドシート:共通8,500円 (全席指定・税込) U-25チケット:6,500円(当日引換券・税込) |
ツアー公演 | 大阪、愛知 |
作品HP | https://horipro-stage.jp/stage/nejimaki2023/ |