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「人に優しくなれた」/『生きる』に初参加の平方元基にインタビュー
  • インタビュー

Daiwa House presents ミュージカル『生きる』が2023年9月7日から東京・新国立劇場 中劇場にて開幕します。黒澤明監督の名画を世界で初めてミュージカル化した本作は、2018年に初演され、今回で3度目の上演。

小説家役として今回初参加する平方元基さん。小説家という役についてや、作品の魅力、このコロナ禍で感じたことなどを語ってもらいました。

(取材・文:五月女菜穂/撮影:引地信彦)

01  のらりくらり生きているところが自分と似ている
02  昭和を五感で体感できる『生きる』
03  いろいろあった。だからこそ「人に優しくなれた」

のらりくらり生きているところが自分と似ている

ーー小説家という役について、今どう向き合っていますか?

作品の中でストーリーテラーの役割を担うので、やはり物語の中で生きることだけではなく、物語の外、つまりお客様との橋渡しもしなくてはいけない。お客様に題材を押し付けるようにはしたくないけれど、自然と興味を惹きつけられてほしい。今、どうしたらそれができるか、自分の中のバランスを探っているところです。

先日、通し稽古が終わったのですが、やはり最初の稽古ではどうしても「やろう、やろう」と攻めていくじゃないですか。今は1回出し切ったものを引いていくというのかな。いかに楽に舞台上にいられるかが僕の課題です。

ーーいわば「引き算」するような過程ということですね。平方さんとしてはどう客観視しているのですか?

自分が動いた体感で「すごく疲れているな」と思うと、やりすぎているんだと思うんです。確かにその舞台を遂行するエネルギーはもちろん必要ですけど、ダンスも踊っていないし、歌もさほどないのに疲れてしまっているとね。

何より、(演出家の宮本)亞門さんの言葉を信じています。今回で3回目の上演ですから、亞門さんの中でもコアな部分は出来ている。だからこそ、そのほかをどう自由に、どう楽にできるか。亞門さんに話を聞きながら、役と向き合っています。

ーーご自身と何か似ているなと思うところはありますか?

のらりくらりと生きているところは似ている気がします。僕自身、すごく働きたいかと言われると、そうは思っていないから(笑)。俳優の仕事は、仕事が決まったらある程度のペースはありますけど、それ以外の時間は自由に組み立てられる仕事だと思うのでね。

昭和を五感で体感できる『生きる』

ーー今回で3回目の上演となる本作。初演や再演はご覧になられたのでしょうか?

はい。もちろん出演が決まる前でしたが、自分でチケットを買って観に行きました。自分も舞台俳優として活動していると、稽古や本番の兼ね合いで観劇できる機会はどうしても限られると思うのですが、面白そうだなと思って。たまたま観に行っていたんです。

2018年舞台写真/撮影:引地信彦

初演が終わった後、以前共演したことがある鹿賀(丈史)さんの楽屋にお邪魔しました。鹿賀さんがとても充実した顔をされていたことをよく覚えていますね。

再演もまた観たいと思って観に行ったのですが、自分が出演することが決まる前で良かったかもしれないです。出ると分かっていると「あんなこともこんなこともやらなくてはいけない」とついつい役者目線で観てしまいますから(笑)。純粋にミュージカルとして楽しんで観ていましたね。

ーー初演、再演をご覧になられたり、今、お稽古に参加されたりしている中で、ミュージカル『生きる』という作品の魅力は何だと思いますか?

人が動かしているところかな。昭和27(1952)年の物語ですが、当時の資料を見るとモノクロのものばかりでしょう?だからなかなか身近に感じづらい部分があると思うのですが、それが舞台になったときにちゃんと色づいていて、匂いや湿度もあって、五感で昭和を体感できるんです。それが素敵だなと思いますね。

2018年舞台写真/撮影:引地信彦

それに和風ということも新鮮で!僕の役は名前がなくて「小説家」という役名ですが、フランクとかトーマスとかリチャードとか洋風でないことに驚きましたよね(笑)。

日本人を演じるのは結構面白いですよ。お芝居も日本語の「間」で行けるから。海外の作品だと間を詰めるケースが多いと思うんですけど、今回は日本発のオリジナルミュージカルだからこそ、日本人の感覚でお芝居ができるんです。

初演と再演がベースにありつつも、亞門さんが、僕のように今回から参加している俳優の素材に合わせてブラッシュアップしてくれている。柔軟に変えていけることも魅力ですよね。

ーー主人公の渡辺勘治役の市村正親さん、鹿賀丈史さんが軸となる作品でもあります。お二人に対して、平方さんはどのような印象をお持ちですか?

鹿賀さんは以前共演したことがあります。どこから来て、どこに帰っていくのか……生活感がなく、ミステリアスなところもありますが、本当に優しい方で大好きです。

最近車を買い替えられたそうで、子どもみたいな笑顔で「稽古どころじゃないんだよ」と冗談まじりに笑う無邪気さもある。稽古場では台本を読みながらとろーんとしている姿も見かけるんですけど(笑)、やるときはビシッとやるのが素敵です。

一方の市村さんは、ずっとスイッチオンです。正直どこがオフか分かりません(笑)。最初の稽古から衣裳を着てやっていて、一人だけ本番ができる状態でしたよ。稽古場でお喋りするときも元気ですし、あんなにずっとスイッチを入れていて大丈夫かなと心配してしまうぐらいですが、生きることを楽しんでいらっしゃいますよね。

お二方ともゴールは確実に見えていて、そのたどる道のりが違う。ゴリゴリ行く市村さんと、風に流れながら行く鹿賀さんといったところでしょうか。

自分が70歳を超えても俳優をやっていたとして……いや、でも経験値が違いすぎるので、今はそれは想像できないですね。雲の上の存在だから、その背中が見えないし、だからこそ素直に稽古場でもお話させてもらえている気がしています。もちろんお二人の人柄もありますが。

自分の父親より年上のお二人が、こんなに楽しそうに役を生きているのを間近で見られるなんて。僕は小説家(役)としても、平方本人としても、お二人の姿を目に焼き付けたいです。これは役者の定めですが、次いつご一緒できるか分からないし、これが最後になるかもしれないですからね。

いろいろあった。だからこそ「人に優しくなれた」

ーーようやくコロナ禍が明けてきました。このおよそ3年間で感じたこと、変わったこと、逆に変わらなかったことなどを改めて伺いたいです。

この3年間は本当に大変な時期でしたが、世界と比べても、日本は演劇をやり続けていた方だと思うんです。それは観たいと思ってくれている人がいたからこそでしょうね。これはコロナ禍前から変わらなかったことだと思います。

逆に変わったと思うのは、お客様の心を解すような作品が増えたこと。笑顔になって劇場を後にする作品が増えたと思いません?コロナ禍が明けて、これまで同様シリアスな作品もどんどん出てくると思いますけど、なんとなく変わったなと感じます。……いち俳優としても、いろいろなことがありました。でも僕にとっては必要な時間だったなと今は思えます。ずっとどこかで「1人でやらなくては」「俳優は孤独だ」と思っていたし、実際にそう思わされる場面もありますけど、それだけではないと教えてくれた出来事がたくさんありました。人にも優しくなれたし、人が差し出してくれた手を素直にとることができるようになったと感じます。

ーー平方さんの今後の目標や夢を教えてください。

俳優として「自分でなくてはいけない」と言ってもらえることって、嬉しいじゃないですか。それを蓄えるのはプライベートな時間だと思うんですよ。誰と会って、誰とご飯を食べて、誰と話して、どんな景色を見て……という時間。

もともと旅行は大好きなんですけど、知らない土地に行って、知らない景色を見るインプットを大切にしていきたいと思っています。「舞台があれば何でもいいです!ずっと働きます!」というよりも、自分と向き合う時間を大切にしていきたいかな。

直接的にお客様には見えなくても、役を通したときにきっとそれが表れると思う。なので、そういう自分のプライベートはすごく大事にしたいと思うようになりました。

ーー最後にお客様へのメッセージをお願いします!

お客様の心に刺さるメッセージが作品の中に存分に散りばめられています。しかしそれ以上に、舞台の醍醐味は、生の人間がそこにいて、同じ空気を吸いながら物語の中に入ることだと思うんですね。

役者がぶつかり合いながら、昭和27年という時代を生き抜く。主人公はもちろん、それ以外のみんなも一生懸命生きている。人が生きるって、綺麗なことだけではないですけど、それもちゃんと見せられるのが、こういう日本の舞台なんだなと感じています。

いいところも悪いところも泥くさいところも全て観ていただけると思います。何か答えを持って帰ってほしいとは思いません。単純に「生きるってなんだろう?」でいいと思うんです。きっと何かのきっかけになる舞台になると思うので、ぜひ観に来てください。


▼平方元基 今後の出演舞台


・9月7日(木)~9月24日(日)東京公演: ミュージカル『生きる』小説家役(Wキャスト)

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