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【クリエイターインタビュー】ヒロ・イイダ(エレクトロニック・ミュージック・デザイナー)×梶山裕三(プロデューサー)対談
  • インタビュー

舞台をつくるスタッフへのインタビューをお届けする<クリエイターズ・ノート>

エレクトロニック・ミュージック・デザイナーとは、オーケストラのキーボードのサウンドをデザインしたり、作品で使われるトラックを製作、それを含めたシステムをデザインする仕事。この道の第一人者として、ブロードウェイで活躍中のヒロ・イイダはホリプロのミュージカル作品にも多数参加している。日本のミュージカルの音作りは変わりつつあるのか?プロデューサーの梶山裕三と語り合った。

(取材・文:三浦真紀)

ヒロ・イイダ

1989年、バークリー音楽大学卒業。90~97年、同行で講師を務める。現在はブロードウェイを中心に活躍、ミュージカル『ダイアナ』『スパイダーマン』『ジキルとハイド』『ヤング・フランケンシュタイン』『シュレック』『ビューティフル』『バンズ・ヴィジット』『ミーン・ガールズ』『トッツィー』などに参加、グラミー賞を受賞。『MJ』で第75回トニー賞ベストサウンドデザイン受賞。近年では日本でも活躍、『デスノート THE MUSICAL』『フィスト・オブ・ノーススター~北斗の拳~』『キングアーサー』『生きる』などを手掛ける。

音は時代を表し、常に進化し続けるもの。

ブロードウェイでの経験を日本で生かす

01  プロレスのテーマ作曲から、U2につられてミュージカルの道へ
02  日常の音をよく聞いて、分析する
03  キーボードの音が生楽器に溶け込むのが理想
04  常に最高を目指して、直し続ける

プロレスのテーマ作曲から、U2につられてミュージカルの道へ

梶山:ヒロさんとの出会いは2014年頃、『デスノート THE MUSICAL』に参加していただいた時でしたね。

ヒロ:梶山さんにとっては当時、未知数だったのでは?予算もかかるし、僕がどんな仕事をしているかも謎だったでしょうし。

梶山:新作で、ブロードウェイの作曲家と脚本家に依頼するとなった時に、フランク・ワイルドホーンとヒロさんが知り合いで、そうか、こういうプロも必要なんだな、と。その後、一緒にブロードウェイに行ったら、ヒロさんはどこでも顔パスで入れるし、舞台上のものを見せてくれて、すごい人なんだとビックリしました。それから、ホリプロの作品を多数手掛けてくださって。そもそもヒロさんはアメリカの音楽大学を卒業して、プロレスの音楽を作っていたとか?

ヒロ:半年で2000曲(笑)。レスラーには細かいキャラクター設定があって、例えばテキサス生まれで牧場育ち、お父さんは退役軍人、いかついルックス、トレードマークはバンダナ。そんなレスラーのテーマソングを作曲していたんです。

梶山:大音響で流れる音楽ですよね。ミュージカルとは別世界?

ヒロ:いや、ストーリーも決め事も全部あってのプロレスなので、基本的にはミュージカルの作り方と同じです。

梶山:そうか、ショーに音楽をつける感覚ですね。作曲を手掛けていたヒロさんが、ミュージカルのサウンドを作るようになった経緯を教えてください。

ヒロ:「U2と一緒に仕事しませんか?」と誘われて、U2とならプロレスの仕事をやめてもいいかな?と思ったんです。それがミュージカル『スパイダーマン:ターン・オフ・ザ・ダーク』。当時のブロードウェイではシンセサイザーを買って、音を選んで弾いていました。ところが『スパイダーマン』は予算を使いすぎて、10年上演しないと採算が合わない。でもシンセサイザーは3、4年で製造中止になってしまう。そこで、コンピューターのソフトウェアで音を作り、コンピューターを買い換えれば使い続けることができるシステムを組んで欲しいという依頼でした。

梶山:それまでのミュージカルにはないシステムだったわけですか?

ヒロ:なかったです。技術的にも不安定で、ソフトウェアもそこまで至っていなかったので。多分、僕がブロードウェイで初めて作ったシステムだったと思います。トライアンドエラーを繰り返しながら構築していきました。予算と時間がある作品だからできたことでしょうね。『スパイダーマン』が開幕すると、外部から来たキーボードプレイヤーたちが、今までと違うやり方だと気づいて。コンピューターベースのすごいシステムだという話が広まり、プロダクションから依頼が来るようになりました。

梶山:音をゼロから作る?

ヒロ:はい、ものすごくベーシックな状態から構築してリッチな音を作ることもあれば、いろんな素材をリミックスすることもあります。

梶山:当然、日本のミュージカル界にはないやり方。

ヒロ:ええ。その数年後、『デスノート』で来日した時は、まだありものの音を選んで弾くスタイルでした。

日常の音をよく聞いて、分析する

2015年上演『デスノート THE MUSICAL』(C)大場つぐみ・小畑健/集英社

梶山:つまり『デスノート』はそれまでの日本のミュージカルにはない、革新的な音作りだったわけですね。具体的に、『デスノート』の創作で印象深かったことはありますか。例えば、渋谷のシーンとか?

ヒロ:あのシーンは、最初にダンスだけが映像で来て、それにジェイソンがピアノで簡単なメロディーをつけてくれました。ダンスの中で携帯をいじっていることから音を発想しましたね。携帯は実際ピッポッパッとは鳴らないけれど、この音=電話だと頭の中で繋がるから、それを入れて電話を持っていることを強調したり。あと、ラジオの周波数みたいなヒューンという音は、通信を暗喩しています。そんな音を足すことで、人々が電話をいじりながら行き交う様子が想像できるかな、と。
またリュークやレムのように人間ではない存在が現れる時の音は、オーボエやフレンチホルンではなく、もっと霊界のような音になっています。音楽的なピッチが聞こえてこない、半透明な音を作りました。

梶山:その感覚を研ぎ澄ますために、普段何かしていますか。

ヒロ:音をよく聞いて、分析します。シンセサイズの対義語はアナライズ。合成するためには分析しないとできないもの。

梶山:街で聞いたことない音を聞いたら、気になります?

ヒロ:もちろんです。例えば駅のホームや交差点に立っている時、左右からどんな音が聞こえてくるか。マツモトキヨシから音楽が流れてきて、人が歩く音がして、後ろに交番がある。その音像みたいなものは気になります。極端な話、渋谷のスクランブル交差点と目黒の交差点は音が違う。その違いは分析しないとわかりません。


梶山:ヒロさん、飛行機の移動中は何しているかな?と思ったら、耳栓して寝ていましたね。

ヒロ:地上で10数時間寝られる時間がないんですよ。あと仕事以外では、音楽を全く聞かないです。聞くとしても、仕事と関係ないクラシックのピアノとか。運転中に音楽がかかっていて、車のテンポやスピード感と音楽が合わないと、気になって事故っちゃう(笑)。一番多いのは、レストランで食事と音楽が合わないと食べられない。ジャズが流れていて、豆腐懐石が出てくると、もう無理。

梶山:えーっ!それは職業病だし、不便です(笑)。

ヒロ:レストランで座っていて、スピーカーの位置の問題で右側からばかり音が聞こえてくると、味がわからなくなる。

梶山:そんなに!だから劇場入りして音響のバランスをとる時に、ヒロさんは「右が大きい」「ここは聞こえる」など、はっきりわかるんですね。一般人からすると考えられない耳をお持ちかと。

ヒロ:普通の人は6 dB(デジベル)変わると、音が大きくなった、小さくなったとわかるのですが、僕は1dB変わるとわかります。

梶山:ブロードウェイは作り上げる音のクオリティーも最高峰ですか。

ヒロ:日本とブロードウェイを比べると、演奏の素晴らしさは変わらないです。ただ、ピアノの音一つが、あの位置から聞こえるピアノの音はこの場のこの雰囲気に合っているのか?その解像度について、日本はまだブロードウェイのレベルまで達していないと思います。舞台上で役者さんがアコーディオンを弾いていると、「鳴っているアコーディオンと役者さんが持っているアコーディオンは種類が違うのでは?」、そんな質問がきますからね。

キーボードの音が生楽器に溶け込むのが理想

梶山:ヒロさんは音から時代がわかるそうですね。

ヒロ:はい。音には時代性があるので。以前、トライアウトでやった作品は、1979年限定の音でした。そこで79年の1年間にどんなヒット曲が生まれたかをリサーチ。アメリカやカナダのチャートでのヒット曲を聞くと傾向がわかる。そこから音を選ぶんです。録音方法、楽器のサウンドやアレンジ、雰囲気など、時代によってかなり変わります。例えば『生きる』と『デスノート』では物語の時代が違うので、音も全く違う。逆に時代性のない『フィスト・オブ・ノーススター~北斗の拳~』は、何をやってもOK。『デスノート』は同じファンタジーでも現代性があるから、それを反映する。『生きる』は黒澤明の世界でまた異なる。

梶山:『生きる』で黒澤の時代を音で表す時に、心掛けたことはありますか。

2018年上演ミュージカル『生きる』撮影:引地信彦

ヒロ:『生きる』は、生楽器の弦楽がバイオリンとチェロの二人。だけど楽譜には、すごくリッチなオーケストラのストリングスサウンドが書かれているんです。さらに、昭和の黒澤映画の雰囲気を持つ音でないと。そこで、バイオリンとチェロを混ぜつつ、ヴィオラなどの中域の音を足しました。人数感も少なめな感じでデザインしました。

梶山:観客の皆さんはヴィオラ奏者もいると思って聞いている、それが正解なんですね。

ヒロ:そうです。特にオーケストラ奏者から「誰が弾いているかわからない」と言われたら、僕としては正解です。ヘッドホンでモニターしていると、自分が弾いているかのようだけど、あれはキーボードだったんだ!と。

梶山:予算とスペースがあれば、その楽器分だけ人を入れるのが理想ですが、なかなかそうもいかなくて。

ヒロ:ピットの大きさには限りがありますからね。だけど、作曲家やアレンジャーは自由にやりたい形で楽譜を書く。それも大抵、人数よりも大きなスケールで書いてくるので、その分をキーボードでサポートするんです。そこで、いかにキーボードが透明になって、バンドに混ざっているかが大切。今、ブロードウェイで上演中の『パレード』は、キーボードが入っていることすら気づかれていないです。チューバやマリンバはキーボードで出しているんだけど。あの楽器はいないの?って言われると、僕的には大成功です。

常に最高を目指して、直し続ける

梶山:今、ヒロさんはニューヨークで何本手掛けているんですか。

ヒロ:オン・ブロードウェイで5作、ブリトニー・スピアーズの『Once Upon a One More Time』、トニー賞作品賞受賞作『キンバリー・アキンボ』、『パレード』、『MJ』、『シャックド』。オフが2作。オンの5作は最多です。

梶山:それをご自身のスタジオで、作業していらっしゃる。

ヒロ:そうです。特に音楽はミュージカルのプロセスで、最後の最後に決まるじゃないですか。脚本やアレンジが変わり、ピアノのリハーサルをして、オーケストレーションがなされるのは最後。大抵、オーケストラのリハーサルをやったら、すぐ開幕という状態です。その期日内に何が何でも終わらせないといけない。

梶山:一つの作品にどれくらいの時間がかかりますか。

ヒロ:関わるのは1年くらいだけど、音を作るのに忙しいのは1、2週間です。『MJ』はマイケル・ジャクソンのシグネチャーサウンドを一つ一つ作っていったから、3カ月かかりましたが。『キングアーサー』は1カ月間、ずっと睡眠不足でした(笑)。12月31日に通し稽古が決まっていて、12月20日頃にまだ半分しか楽譜をもらえていなかった。クリスマス前後の10日間はスタジオに泊まり込みでした。

梶山:日本でもこの先、ヒロさん方式がスタンダードになっていくのでしょうか。

ヒロ:そうなりつつあります。『デスノート』の時にとりあえずブロードウェイレベルの機材を揃えましょうとかき集めました。それから始まって、今、日本にヒロ・イイダセットが10くらいあります。僕は、ブロードウェイという実験場で、どの楽器が一番安定して問題なく使えるかを試していて、それを日本の現場に反映させています。

梶山:仕事以外のヒロさんは何をしているんですか?どうやって気分をオフに?

ヒロ:普段使わないシンセサイザーやソフトウェアを使ったり。

梶山:全然オフじゃないですよ(笑)。

ヒロ:あと一つの作品が終わると、あの時こうすればよかった、もっとこれだけの音ができたはずだと、心残りがあったりします。そういったものは必ず直す。再演するかどうかはわからなくても。『生きる』は20年に上演して、今秋にもやります。この3年で僕が他の作品で得たノウハウが、『生きる』で生きるんです。

梶山:では『生きる』2023は、音がさらに進化すると。

ヒロ:はい、弦の音が変わります。他にも手を入れるかも。ご期待ください!


Daiwa House presents

ミュージカル『生きる』

【東京公演】
期間:2023年9月7日(木)~9月24日(日)
会場:新国立劇場 中劇場

<チケット料金>
S席:14,000円/A席:9,800円(全席指定・税込)

座席表>> https://bit.ly/40eJAG3
キャストスケジュール>>https://bit.ly/3MMPivO

WOWOWにて特別番組 放送・配信中!

WOWOW特別番組「市村正親 × 鹿賀丈史 ミュージカル『生きる』~この時代を生きる~」(全2回)


出演:市村正親、鹿賀丈史、宮本亞門 ほか
内容:黒澤明監督の映画を世界で初めてミュージカル化した宮本亞門演出による話題作、ミュージカル『生きる』。市村正親と鹿賀丈史による3度目の上演となる本作の舞台裏に迫る。

【 #1】ホリプロステージYouTubeチャンネルにて公開中
https://youtu.be/D5wuJdoDtwE
【 #2】WOWOW放送スケジュールはこちら
https://www.wowow.co.jp/detail/192274

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