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『ビリー・エリオット』作品解説/映画から20年。不朽の名作として愛される『ビリー・エリオット』文=伊達なつめ(演劇ジャーナリスト)
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【寄稿再掲記事 第1弾】
世界を震わせた最高傑作が2024年夏、パワーアップして帰ってくる!7月27日開幕ミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』。映画舞台と世界中に『ビリー・エリオット』旋風を起こした本作の軌跡をご紹介。

※本文は2020年公演プログラム寄稿の再掲です。

作品解説コラム 第2・3弾も公開中!


(2020年公演舞台写真撮影:田中亜紀)

イングランド北東部の炭鉱町を舞台にした映画『リトル・ダンサー』が最初に注目を集めたのは、2000年のカンヌ国際映画祭だった。まだ駆け出しの脚本家だったリー・ホールが、自らの少年時代に思いを馳せながら創造したオリジナル・ストーリーは、ロンドンの名門ロイヤル・コート・シアターの芸術監督(1992-98)をつとめ、演劇界ではすでに実績のあったスティーヴン・ダルドリーの初めての長編映画監督作品であり、約2000人の中から選ばれたビリー役のジェイミー・ベルにとっては、もちろん映画初主演作。彼らポテンシャルに満ちた若き才能たちの手によって、観る者の心をつかんで離さない珠玉の青春映画となり、製作費の20倍近い興行収入を得て、英国内外で50近い映画賞に輝いた。

自身もイングランド北東部ニューカッスル出身のリー・ホール(1966年生まれ)は、衰退してゆく工業都市で生まれ育ち、思春期後半に、英国史に残る1984~85年の炭鉱ストライキに直面した世代だ。労働者の糧と尊厳が足元から揺らいでゆく日常に対する怒りや不安と、「ものを書く」という自身の芸術表現への欲求。二つの想いが同時に押し寄せ、もがき苦しんでいた日々のことを作品にしようと思い立ったのが、始まりだった。ホールはあるインタビューで、「自分の物語を視覚的に伝える方法を模索していて、最初に思い浮かんだのが、ベッドの上で飛び跳ねる子どもの姿でした。まさに私自身が子どものころにしていたその行為が脳裡をかすめた瞬間、ダンスによる全体像が浮かび上がってきたのです」出典1 と、「書く」ことを「踊る」ことに置き換えて、ビジュアル化するアイディアを思いついた経緯を語っている。ただ、思いついてはみたものの、ダンスについての知識はまったくなかったため、大胆にも、英国ロイヤル・バレエ団に電話をかけてみたという。そこで、同バレエ団に、イングランド北部の炭鉱町バーンズリーの出身で、1984年の炭鉱ストを経験している鉱夫の家族を持つダンサーが在籍している、という情報をゲット。その本人であるフィリップ・モーズリーへの取材も行って、ストーリーを膨らませていった。ただ、ホールとしては、モーズリーに出会ったのは映画の構想が固まりつつあった後半のことなので、彼がビリーのモデルというよりは、「自分が創作した人物と、酷似した環境のダンサーが実在していてうれしくなった」という認識らしい。ちなみに、モーズリーがロイヤル・バレエ・スクールを経てロイヤル・バレエに入団したのは、1986年。その3年後の1989年に熊川哲也や、映画版でオールダー・ビリーとして最後に舞台に登場するアダム・クーパーが入団している。

こうして、300万ポンド(当時の為替レートで約5億4600万円)に満たない予算で、7週間という限られた撮影期間により完成したばかりの映画『リトル・ダンサー』は、2000年のカンヌ国際映画祭で上映の機会を得る。監督週間における1回の上映だったが、そこに観客のひとりとして、エルトン・ジョンが来場していた。ビリー少年の物語に号泣したというポップス界のレジェンドは、即座にこの映画のミュージカル化を提案。「気がつくと、私(リー・ホール)と監督のスティーヴン・ダルドリーは、彼(エルトン・ジョン)のニューヨークのアパートに飛んで行くことになっていた」出典2という。舞台化の話は、エルトン・ジョンのひと声によって、映画が世に出るとすぐに、急転直下で動き始めたと言ってよさそうだ。

エルトン・ジョンがオリジナルの楽曲を提供する!願ってもいなかった僥倖(ぎょうこう:思いがけない幸運のこと)とともにスタート・ダッシュした舞台化プロジェクトだったが、実現に至るまでには、思いのほか時間がかかった。その大きな理由が、ふさわしいビリー役を見つけ出すことの困難さだ。ビリーを演じる少年には、演技と歌だけでなく、さまざまな種類のダンス技術が求められるうえに、映像と違って、編集も撮り直しもできない生の舞台で、それらを披露する安定度の高さが必須となる。さらに、子どもたちの舞台出演には法律上の規制も多く、ビリー役だけでも、トリプル・キャストにしなければならない事情もあった。条件を満たすビリー役を見つけ出す労苦の大きさは、映画の際とは比べものにならないもので、設定にある北東部というエリアに限らず、イギリス中を巡ってオーディションを行い、ビリー役を探してまわったそうだ。

こうして、エルトン・ジョンが映画『リトル・ダンサー』を観た時を起点とすると、そこからちょうど5年後の2005年5月。幾多の苦難を克服して、ついにミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー』が、ロンドンのヴィクトリア・パレス・シアターで開幕した。

脚本のリー・ホール、演出のスティーヴン・ダルドリー、振付のピーター・ダーリングなど、主なクリエイティブ・スタッフは、映画版のまま。みな舞台出身なだけに、腕が鳴るシチュエーションだったのではないかと想像する。実際、完成した舞台版は、基本のストーリーは映画を踏襲しつつも、表現においては、より社会的主張が鮮明で、同時に舞台ならではの工夫を凝らしたファンタジー性にも富む、優れてオリジナルなミュージカルとなっている。

映画の冒頭は、最初にホールの頭に浮かんだというアイデアそのままの、ベッドの上で飛び跳ねる元気なビリー少年の姿だった。これに対してミュージカル版は、いきなりニュース映像が始まり、かつては英国経済を支えていた炭鉱とその労働者たちが、サッチャー政権に切り捨てられようとしている、現実の背景説明から入る直球ぶり。さらに「くたばれ、サッチャー!」と炭鉱夫たちが毒づく〈Merry Christmas, Maggie Thatcher〉や、ビリーをロンドンへ送り出す際の彼らの誇り高き合唱〈Once We Were Kings〉など、映画では描ききれなかった炭鉱労働者たちへの強い共感を、作者チームがこの舞台で表明しているのが印象的だ。

そしてもちろん、内なる才能の発露とともに成長してゆく、ビリー少年の光り輝く表現の数々には、目が釘付けになる。友だちのマイケルと、熟練のエンターテイナー気取りで洒脱なタップダンスを披露する〈Expressing Yourself〉、同じタップでも、地団駄踏むように怒りをステップにぶつける〈Angry Dance〉、バレエへの想いを、大人になった自分と端正かつダイナミックなデュエットに込める〈Swan Lake Pass de Deux〉、そして、ロイヤル・バレエ・スクールの試験会場で、審査員に踊っている時の気持ちを問われてこたえる、各ビリー役の特性に合わせたパーソナルな振付が魅力のショー・ストッパー〈Electricity〉。まだ変声期前の少年たちに、よくここまで容赦なく、ヴァラエティに富む難易度の高い表現を課したものだと、半ばあきれてしまうほどだ。

地団駄踏むように怒りをステップにぶつける「♪Angry Dance(怒りのダンス)」
友だちのマイケルと、熟練のエンターテイナー気取りで洒脱なタップダンスを披露する「♪Expressing Yourself(自分を表現しよう)」

この大人たちの無茶ぶり(?)に見事にこたえた少年たちの活躍は、たちまち大評判となり、イギリス演劇界の栄誉ローレンス・オリヴィエ賞では、ビリー役3名の主演男優賞、新作ミュージカル作品賞など、4部門を獲得。その後も人気は衰えず、実に2016年4月まで、11年間にわたってロングラン上演された。

その間にも2007年にはシドニー、2008年にはニューヨーク・ブロードウェイ、2010年に韓国、2014年にオランダなど、『ビリー・エリオット』旋風は世界中に広がっていった。では、いったい日本ではいつ観られるのか。ミュージカル・ファンのやきもきぶりがかなり募っていた2015年11月。ついにビリー役の大規模オーディション開催の告知がなされ、2年後の2017年に、晴れて日本版の上演が実現した。1,346名の応募者から選ばれた5名のビリーたちは、豪華なおとな役キャストと、重要な炭鉱コミュニティの面々らを担う強力なアンサンブル、そして少年少女役の同世代の仲間に支えられて、のびやかに各自の個性を発揮。観客の熱狂的な支持を得て、長期公演は大成功をおさめた。

ビリー役:加藤航世/2017公演舞台写真 撮影:阿部高之
ビリー役:木村咲哉/2017公演舞台写真 撮影:阿部高之
ビリー役:前田晴翔/2017公演舞台写真 撮影:阿部高之
ビリー役:未来和樹/2017公演舞台写真 撮影:阿部高之
ビリー役:山城 力/2017公演舞台写真 撮影:田中亜紀

あれから、はや3年。待望の再演にあたってのオーディションでは、ビリー役に1,511名の応募があり、292名が書類選考を通過。2019年6月に8名に絞られた時点から、バレエ、タップ、ヒップホップ、体操などのレッスンを重ね、最終的に4名が選ばれた。そのうち2名は、初演時のオーディションに落ち、3年間ビリーになることを夢見続けて、必死の研鑽を積んできた再挑戦組。そのほか、初演を観て「男の子が踊る姿」に衝撃を受け、ダンスを始めた少年の応募も多かったそうだ。

2020年公演 ビリー役4名:左より川口 調、利田太一、中村海琉、渡部出日寿

彼らのみならず、現在活躍している世界中の成人男性バレエダンサーにも、『ビリー・エリオット』のおかげで、「男の子がバレエだなんて」的偏見に苦しまずに少年時代を過ごせた、という人が少なくない。「ビリー・エリオット効果」は絶大なのだ。

映画『リトル・ダンサー』が生まれて、今年でちょうど20年。同じクリエイティブ・チームによるミュージカル版が世界的に大ヒットしたことで、舞台では、いまも上演のたびに新しいビリーが複数誕生し、それぞれのドラマが紡がれている。今回のビリーたちの活躍にも、おとなだけでなく、また多くの子どもたちが刺激を受け、夢を見い出すことだろう。

2024年公演ビリー役4名:左より春山嘉夢一、浅田良舞、石黒瑛土、井上宇一郎/製作発表写真 撮影:引地信彦

※文中、便宜上映画版は『リトル・ダンサー』、舞台版は『ビリー・エリオット』と表記しています。
出典1:”SOCIALIST REVIEW” 2000年12月より
出典2:”The Guardian” 2016年2月のインタビューより

2024年公演概要

作品名Daiwa House presents ミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』
期間【東京公演】
オープニング公演:2024年7月27日(土)~8月1日(木)
本公演:2024年8月2日(金)~10月26日(土)
【大阪公演】
2024年11月9日(土)~24日(日)
会場【東京公演】東京建物Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場) / ▼座席表
【大阪公演】SkyシアターMBS
チケット料金【東京公演】
S席:平日¥15,000/土日祝¥15,500
A席:平日¥12,000/土日祝¥12,500
B席:平日¥ 9,000/土日祝¥ 9,500
Yシート:¥ 2,000(期間限定販売・20歳以下対象チケット)※ホリプロステージのみ取扱
 
【大阪公演】
S席:平日¥15,000/土日祝¥15,500
U-25:平日¥12,000/土日祝¥12,500
 
チケット販売詳細>>
作品HPhttps://horipro-stage.jp/stage/billyelliot2024/

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