特集・インタビュー

大友良英×井上剛 対談インタビュー【ねじまきクリエイター×異ジャンルクリエイター対談:前編】
  • インタビュー

舞台『ねじまき鳥クロニクル』のクリエイターが異なるジャンルのクリエイターと対談するインタビューシリーズ。

前編は本作の音楽を手掛ける大友良英と、連続テレビ小説「あまちゃん」や大河ドラマ「いだてん」など、共に作品を作ってきた元NHKの井上剛監督との対談をお届けする。井上は、初演時には本番の舞台だけでなく、稽古場も訪ね、その制作過程を見学したという。クリエイトを重ねてきたふたりが、作品の音楽制作過程や構成などについて、ざっくばらんに語り合った。

(取材・文:岩村美佳撮影:渡邉 隼)

PROFILE
大友良英 Otomo Yoshihide

即興演奏やノイズ的な作品からジャズやポップスに至るまで様々な音楽をつくり続け、その活動範囲は世界中におよぶ。映画音楽家としても数多くの作品を手がける。2012年芸術選奨文部科学大臣賞芸術振興部門を受賞。13年ドラマ「あまちゃん」の音楽でレコード大賞作曲賞ほか数多くの賞を受賞。近年、音楽を手がけたドラマに「エルピス」「季節のない街」大河ドラマ「いだてん」、映画に「犬王」「花束みたいな恋をした」などがある。2017年札幌国際芸術祭の芸術監督を、2019年には地元福島の夏祭り「わらじまつり」の改革を手がけた。


井上 剛 Inoue Tsuyoshi

1968年熊本県生まれ。93年NHK入局。おもにドラマやドキュメンタリーの演出・監督・脚本・構成を手がける。
代表作に、数々の話題を生んだ連続テレビ小説「あまちゃん」や大河ドラマ「いだてん」 特集ドラマ「その街のこども」土曜ドラマ「ハゲタカ」「64」「トットてれび」などが ある。2023 年7月末日、NHK を退局し株式会社GO-NOW.を設立。フリーの監督・演出家として活動。
https://tsuyoshi-inoue.com/

01  インバル・ピントの世界と春樹さんの世界がうまく融合していた
02  全体を一貫させるために「5度の音がフラットする和音」を全曲に
03  役者であり、こちらから見ると彼らも音楽チーム
04  井上さんの作品はまるでライブでやっているような感じ
05  空気感や距離感の変化を音楽で表現するのが役目

インバル・ピントの世界と春樹さんの世界がうまく融合していた

井上:今日は、ねじまき鳥(本)を持ってきました。


大友:久々に読んだ?


井上:はい。


大友:珍しく、仕事で読んだんじゃなくて、以前から読んでいた本だったんで、あんなに長いものが舞台になるって、いったいどういうことって最初思いました。


井上:多層にお話がありますからね。村上春樹作品をどう舞台作品として作るか。作り手側も負けない感じで、ある世界を提示しないといけないじゃないですか。それはすごく難しいだろうなと。


大友:ただストーリーをなぞるって舞台にするだけでは、面白くも何ともない。


井上:それは文学にかなわないというか。インバル・ピントさんは、僕が制作した番組で、森山未來くんがイスラエルに行って、彼がずっと自撮りで撮っていた映像に出演してくれたんです(NHK BSプレミアム番組『森山未來 自撮り365日 踊る阿呆』)。難しそうな作品をつくる人だなと思いながら延々彼女の様子を見てたんですけど(笑)。


大友:正直言うと、その番組を見てたから引き受けたんだよね。未來くんがあれだけやっていたし。

井上:大友さん、これまでに舞台の音楽はやっていたんですか?


大友:30年前にはやってたけど、時間がかかりすぎるのと、同じこと繰り返すのが嫌で、ずっとやってなかった。でも、藤田貴大と中高生のワークショップを福島で一緒にやってから考えが変わりました。ダンスと音楽と歌と芝居が全部一緒になって舞台を作るワークショップで、プロセスもステージも面白かったんです。今回はその藤田くんから声がかかったのも大きい。


井上:いろんな縁ですね。


大友:藤田くんが関わるならやってみようか、と思ったら大変だった。もちろん受けてよかったし、面白かったけど。


井上:3年前の初演の時、大友さんに「芝居の稽古を見せてくださいよ」と無理を言って、お邪魔して見せてもらったんですよね。どういう稽古をするんだろうと思って。


大友:どの稽古を見たの?


井上:渡辺大知くんと、成河さんと、ダンサーチームと呼んでいいのかな? アクションシーンみたいのが多めにありますと聞いた気がします。セットはベニヤ板みたいのが敷かれていて、坂になっていたんです。その上にみんな乗っかって稽古をしていて、原作は読んでいるんですけど、何の場面か全然分からなくて。


(一同笑)


大友:そうだよね、分からないよね。


井上:ただ、その場面でも、「うわ~、インバル・ピントだ!」って世界観だけは出ていて、微塵も村上春樹要素がなかった感じがしました(笑)。でも、初演を観た時に、インバル・ピントの世界と、春樹さんの世界がうまく融合していて、びっくりしました。


大友:僕らも初演の舞台で初めてそう思った。それまではパーツパーツを作っているだけで、「大丈夫か……? これは何かの世界になるのか……?」と正直思っていたし、役者さんもダンサーもみんな思っていたと思う。でも全員が格闘していく中で、いい化学反応を起こしたんじゃないかなと。


井上:割とばらばらなピースが、ス~っと重なっていったのを覚えています。人との距離感とか。春樹さんの小説は距離感話が多いじゃないですか。それを演出としてテーブルがブワ~っと伸びたり縮んだり、ソファの中からのめり込んで消えていくとか、壁抜けみたいな感じとか、「これだったのか!」というのを視覚的にも肉体的にも、もちろん音的にも表現していたんだなと。そこに大友さんたちの音楽が絡んできて、舞台の上にみんなで乗って流れると、ちゃんとお話になっている、演出ってこういう風にやるんだと勉強になりました。


大友:でも、普通の演出とちょっと違うよね。俺はお芝居からずっと離れていたんで、「これが普通なんですか?」と役者さんたちに聞いたら、「違うから!」と全力で否定されました。


井上:でも、舞台で見たらお芝居になっているんですよね。それが不思議で。初演の舞台を観た時には、本当に「村上春樹の物語だ!」という印象が強かったですね。稽古場では「独特な演出をするインバル・ピントだ」ぐらいな感じで、僕に見る目がなかった。


大友:舞台になると、アミール・クリガーの脚本と演出、藤田貴大の脚本や作詞の世界が、インバルのダンスや美術と一体になって、ものすごい化学反応を起こすんです。でも、リハーサルの時はブロック構造なので、それぞれのパーツを作っている時は「何をやっているんだ」と。実際のステージでは役者さんの動きとダンサーの動きが分かれていないし、全てが有機的に結びついていく感じで、そこが面白くて。


井上:そこに音が、ス~っと入ってきましたね。


大友:音楽がただの伴奏ではないんですよねえ。まるで接着剤のように機能する。

2020年舞台写真/撮影:田中亜紀

全体を一貫させるために「5度の音がフラットする和音」を全曲に

大友:初演稽古の時は「音待ち」だったんですよ。音がないと振付できないから。こっちがセッションで出している音を聞きながら、インバルがその場で即興的にやってくれて。


井上:面白い! 曲先だ(笑)。


大友:すごく時間がかかるけど、面白かった。ただ、最初は全体の世界観をどうしたらいいかが分からなくて。


井上:すごいですね。曲先ということは、大友さんがインバルから最初のバトンを渡されたということですか?


大友:ダンサーも一緒にやりながら、同時に作っていく感じだった。


井上:その場で作ったわけではないでしょう?


大友:その場でも沢山作りましたよ。なんかごちゃごちゃと「違う」とか言われて。15分待ってと言って車の中に行って、15分後に戻ってというのを繰り返してましたねえ。だからインバルは俺に言えば15分で曲ができると勘違いしている(笑)。


井上:なるほど、15分みんなが休んでいる間に(笑)。


大友:「もう無理だよ、絞り出せないよ」って弱音を吐いたくらい、結構作り直させられた。ただね、重要なのは全体をどういうふうに一貫させつつ、それぞれのブロック構造の世界を作るかだってことに途中で気付いたこと。で、それをある一つの和音の空気感に背負わせてはどうかなと。具体的には「5度の音がフラットする和音」というのがあって、それを全部の曲に色々な形で入れることにしたんです。オープニングから少しずつ世界が変質していくのに合わせてこの和音を潜ませて、中盤はほぼこの和音のバリエーションでおしつつ、どれだけその和音を入れるかで状況を聴かせていくような感じかな。ネタバレになるけど、最後の最後に出てくる曲ではそれがなくなって、地上の世界に戻ってくるような、ものすごくシンプルに言うとそんな方法を思いついてからは、わりあいすんなり曲が出てきた。


井上:それはどうやって発想したんですか? 原作を読んで?


大友:原作を読んだときには音楽が思い浮かばなくて。「ねじまき鳥」ってどんな音だろうとは思うけど、正直言ってメロディとか和音とかリズムはまったく思い浮かばなかった。インバルやアミールとダンスや動きを作っていく中で、徐々にね。ただ各ブロックバラバラの曲想でつくってると、これはまとまらないなって思ったんで、そうした感じかな。だから原作というよりは、現場で思いついたことです。ただ、やはりそこには背景重力のように原作の世界があって、そこが根っこにはなってます。


井上:春樹さんの作品は、異世界みたいのが必ずあるじゃないですか。『ねじまき鳥クロニクル』もそうで、日常が何かした拍子にぐらっと変わっていく。そして展開して違う世界に入ったり。でも、人間の中にはそのどちらもあるという。音楽でもやってたんですね。


大友:5度の音を半音下げたり上げたりしてね。


井上:下げるとちょっと違う感じに聞こえますか?


大友:あ、でも和音だけでそれを表現したって説明しちゃうと、なんかちょっと違う気もします。実際には単に和音だけではなく、音色やさまざまな要素が絡んだ上での響きの総体で表現してます。「5度を下げた音」というのは、実はホラーやサスペンス映画ではよく使われる手法なんです。でもホラーやサスペンスにしないために、単純に「5度を下げた音」だけで表現しているわけではなく、他の和音と混ぜたり音色の変化をつけながら、どっちでもない響き、さまざまな要素が混在している響きをつくったりしてるんです。その微妙な匙加減が一番重要で。


井上:混ざっているのが原作のよさですよね。


大友:だから全体にふわ~っと混ざっている感じかな。原作も、藤田さんやアミールの脚本もそうなっているなと、だんだん気付いていったというか。


井上:送っていただいた資料映像(初演の)を見返したんですが、構成がきちんとしていますね。当たり前だけど、 切り出し方が上手いなと。


大友:よくできているね。最初の脚本だと、5時間くらいになりそうな厚さだったので、削って削って、すごく苦労して作った曲がどんどん短くなっていった。


(一同笑)

2020年舞台写真/撮影:田中亜紀

井上:5時間用に作ってたんですか?


大友:最初はその長さで歌も曲も作ったんですよ。吹越満さんのシーンだけで30分くらいあったりしたから、どんどん短くする中で、曲もどんどん短くなったりなくなったりして、「あんなに苦労して、車の中で書いたのに……」って(笑)。


井上:音楽担当だけだったら、舞台によっては、出来上がった音楽を作って渡してもいいわけじゃないですか。そうじゃなくて、ライブで演奏しなきゃいけないのは、そういうことなんですね。


大友:全体がオーガニックに生で絡んでる感じは、ライブじゃないと無理だと思ったんです。実際ダンスもお芝居も音楽も、毎回微細な部分は微妙に違うし、即興的な駆け引きもあるし。


井上:編成はどうやって決めたんですか?


大友:予算。3人しかだめですって。


井上:(笑)。


大友:本当は4〜5人いたらなと思っていたんだけどね。3人だったらある程度複数の楽器ができる人がいいなと思って。イトケンは打楽器、シンセ、その他ができる。江川良子ちゃんもサックスにクラリネット各種と、ピアノがないのでキーボードも兼用でできる人を頼んだ。


井上:さすが。


大友:でも、欠けているピースがあるから面白いところもあって、何かしなきゃって。音楽で補わなくても、ダンサーの動きとかが補ってくれているし、それでいいのかもしれない。音楽だけで完成させなくてもいいのかもということは、劇伴やる時はいつも思うことなんだけど。無理して完成させると窮屈になってしまうし。それと3人という最小編成のおかげで、即興的な動きが取りやすいのも今回の良さだと思います。

左より)演奏 大友良英、イトケン、江川良子

全体が音楽だと思って、役者と一緒に音楽のアンサンブルをやっている

井上:初演の時の音楽チームは、どこで演奏してましたか?


大友:上手の舞台が見える客席側のところ。最初は舞台袖で映像を見てやってくれと言われたけど、それはさすがに無理だと思って、無理を言って舞台の見える場所にしてもらって。


井上:じゃあ、お客さんと同じレベルで見ているということですか。すごいライブですよね。


大友:映像をみて演奏するのを拒絶した一番の理由は、ライブ感がなくなるからです。こちらがただ段取り通り演奏するだけになったら、今回みたいにはならなかったんじゃないかな。そこは結構な差があるような気はしている。


井上:日に日に変わりますよね。みんなのアクションの動きも、芝居も変わりますし。それに合わせていくんですか?


大友:ですね。テレビとか映画だと、でき上がった映像に音楽をつけることが多いんで、そこは大きい違いかな。なれてくると、だんだん遊んだりも出来ますし。さとうこうじさんのシーンは結構自由が利くんで、今日はここで音楽止めたらどうするかなとか、毎回遊んでますよ。


(一同笑)


大友:そこにちゃんと反応してますからねえ。向こうも楽しんでくれているのも分かりますし。


井上:それは音楽によって演出しているようなものですね。

左側)牛河 役:さとうこうじ
間宮 役:吹越 満

大友:いえいえ、でもこちらから見れば、さとうさんがミュージシャンのひとりだったり、ときにコンダクターだったりにも見えるんです。次に声を出すタイミングとか、ガタガタってやるのとかも含めて、全部音楽だと思ってやるとすごくやりやすい。


井上:他の人は?


大友:他のみなさんもそうですよ。吹越さんのシーンはさとうさんのシーンとは対照的ですが、毎回スリルがあって本当にすごい! あのシーンは、曲調は決まっているけど、それ以外は毎回ほぼ即興ですから。


井上:あの場面も独特なダンスというかアクションが絡むじゃないですか。


大友:アクションも毎回微妙に違う。決めているんだけど、不確定な要素がいっぱい入っているんです。電球の揺れ方とか。それに対して吹越さんも毎回少しずつ違う。吹越さんの言葉や動きがトリガーのようになって、こちらの演奏を引っ張ってもらってる感じすらします。伴奏ってよりは対等に共演している感じがする。


井上:役者であり、こちらから見ると彼らも音楽チームですね。


大友:勝手に僕は全体が音楽だと思ってやっているようなところもあるんで・・・。それと、演奏している時は、言葉の意味が入ってくるというよりは、声が楽器のように機能して身体のテンポが打楽器のように感じられて、本当に一緒に音楽のアンサンブルをやっているような感じがします。全てのシーンで。


井上:向こうはどう思っているんでしょうね。


大友:分からない。聞いてみようかな。


井上:「僕はどう思われてますか?」と聞いてみてください(笑)。


大友:怖いなあ。(笑)。


井上:でもきっとすごく楽しいんでしょうね。

大友:だといいんだけど。吹越さんも、「リハの時にいてくれるとすごく助かるな」って言ってくれて、やっぱり何かを感じてくれているんだと思います。


井上:それは作り上げた曲を渡すだけではできないですね。1回初演をやっているから、中身を理解しているのは当然ですけど、若い大知くんとか、最初はすごく難しかっただろうなと思います。


大友:主人公が実はふたりいるってのも、最初はどうなるんだろうって思いました。まったく顔も身長も雰囲気も違うふたりが同一人物って設定ですから。観ている人に伝わってるのかな?


井上:「ジキルとハイド」とは言いませんけど、ちょっと不思議な世界ではあるから、あのふたりの違いは面白いですよ。


大友:そうですよね。双子みたいな人たちだったらこうはならない。


井上:それは多分本当に混乱すると思いますね。微妙にずらしているんだなというのが分かる。


大友:ふたりとも歌い方もまったく違うけど、すごくいい歌手なんです。その部分でも普通に音楽として、やっていて本当に楽しい。

井上さんのドラマはライブでやっているようで終わりたくないと思う 

大友:「ねじまき鳥クロニクル」を1時間半の映画にしろって言われたらどうします?


井上:んーー。無理とは言わないですけど、考えたことがないですね。そもそも長いし、戦争のシーンとかが難しいなと思います。やらないわけにはいかないんだけど、難しいでしょうね。


大友:舞台は、主人公がふたりになっているというのが大発明な気がする。


井上:やりたかったのはそれなんだなというのはすごく分かる舞台です。


大友:でも、井上さんのドラマをやっていると近いものはあって。こんなにライブ感のある映像作家はいないですよ。映画やドラマだから、もちろんライブではないんだけど、撮り方、作り方、でき上がり方がまるでライブでやっているような感じで、こちら側も本当に面白い。


井上:みんなが乗ったほうがいいだろうなと思うから、ああいうことになるんでしょうね。パートパートで完成されてしまうと、それでお仕事が終わりというのが寂しくなるから、最後まで付き合ってもらうためにどうするか。役者さんも自分の出番が終わると帰っていくよりは、その現場に後ろ髪を引かれるような思いで帰っていかれたほうがいいなと思っているんですけどね。


大友:いつも終わりたくないなと思うもん。


井上:そうですね、終わりたくないなという気持ちですかね。この舞台は、本当に不思議な、自分の日常から、ず~っと深いところまで入っていく見せ方がすごいんですよね。だからやっぱり1時間半の映画とかでは難しいような気はします。舞台でどうやるのか想像がつかなかったから、「何をやっているか見せてもらってもいいですか?」とお願いしたんです。あんまり他の制作現場や制作過程を見たいと思わないんですけど、これはなぜか見たいと思ったんですよね。きっとおかしなことが起こっているんだろうと。

空気感や距離感の変化を音楽で表現するのが役目 

大友:笠原メイ役の麦ちゃんはきっと合うだろうなと思ってたな。


井上:わかります。実際に観ていても馴染んだ感じですよね。


大友:全体がかなりディープなんで、せめて笠原メイの場面だけでも明るい曲にしたいなって思って、そんな曲をいくつも書いたんだけど、一部採用、一部駄目だった(笑)。


井上:インバルからどういう指示が最初に言葉で来るんですか?


大友:最初は漠然としてますよ。たとえば笠原メイのところは、「明るく」「楽しく」とか、まあそういうのはわかるけど、でも、「井戸の中って感じの音楽」って言われてもねえ。井戸の中に入ったことないんで(笑)。


井上:入ったことをを想像しろ、入ったことあるだろうと。


大友:あはは、いや、あったとしても、音楽なんて想像できないですから。ただ、最初は漠然としているけど、だんだんフォーカスを合わせてくる感じです。こちらもだんだん井戸の意味が、実際の音と結びついてくる感じで。


井上:「ねじまき鳥の音はないのか」と言われましたか?


大友:ねじまき鳥の音をどうするかは、最初結構話しあいました。「実際にねじまき鳥の音は出すんですか?」というところからはじまって。3人でいろいろ持ち寄って、実際にインバルやアミールの前で色々試してみて。ネタバレだから言わないけど、やっていく中である楽器のある音に落ち着いた。


井上:世界のネジを巻く音ですもんね。


大友:それはかなり具体的な作業だったかな。ぼやっとしてなかなかわからなかったのは、井戸の中をどう表現するか。でも、そのうち空気感の変化を音楽で表現する方法が見えてきたりね。


井上:距離とかね。


大友:そうそう! 距離が大きなテーマになっていてダンスにも美術にもそれは反映していて、もちろん音楽にも大きく反映しています。実際は音は同じ場所からしか出ないんだけれど、距離があるように聞こえたり、近くしたりというのは、こちらのほうでも色々な方法でやってるんです。


井上:人と人との距離近い音って、どんな音なんだろう。


大友:ドラマでもそうだけど、最初の方でなんとなく「こういう音はこの距離感」ってのを示しておいて、時間経過とともに、少しづついろんな方法でずらして行ったりする。それで近い遠いを見せることはあるかな。連ドラだとその種のことはすごくやりやすいかな。その音楽が出たら、この人がこんな距離感で出てくるでしょみたいな。


井上:ある仕掛けというか、音でも作っておくと、見る方もその気分になるから芝居が見やすくなったりするんですね。

大友:最初に井戸が出てくるシーンで、石を投げるんですけど、石が井戸の底に落ちたところでベルの音を出して、なんとなくの深さと謎さをだして井戸の音の原型みたいなもんを示しておいて、それが後半変形したり、いろいろ広がっていくという構造ですね。


井上:メイちゃんとトオル君が井戸の周りを回ったりして、石を投げてるところですよね。


大友:そこから井戸が始まっていて。そのときはまだ井戸のなかに入っていかない前の世界から、井戸の音が漏れ聞こえるみたいな。さっき和音の話をしたけれど、和音だけじゃなく、効果音的なものでそれをやっていて・・・あ、あんまり説明しちゃわないほうがいいのかな。でも、テレビや映画だとこの種の音は効果音の人が担当するけど、今回はお芝居とダンスの境界がないように、効果音と音楽の境界もないんで、ねじまき鳥の鳴き声だけじゃなく、いろいろ考えなければならなかった。


井上:「ノモンハン」の音とか知らないですもんね。


大友:行ったこともないし、皮を剥く音って言われても、皮剥く時は音しないだろうなって(苦笑)。ギリギリギリギリっていう音とかをイトケンが出して、江川良子さんがサックスでうめくような演奏ををして……。


井上:うわぁ、大変……。


大友:やっぱりお芝居だと、現実音ではなくある種のデフォルメをして音を付けなきゃいけないところもあったりするから、そこはやってるとすごい面白いですね。また誘われたらやっちゃいそうだけど、こんなに時間がかかるものは、やっぱ大変なんで、もうやりたくないしなって思うし(笑)。


井上:際限ないですね。


大友:時間的に他の仕事できなくなっちゃうんで、もうこれが最後って思っているけど、でも魅力的な仕事ではあるんですよね。初演がコロナで中止になったんで、再演したいとは思ってたんです。でも、3年経っちゃうとその気持ちも忘れちゃうから、今回のリハに入った時は大丈夫かなって。


井上:初演のときに届けきれなかったことがモチベーションになってくるんですね。再演によくみんなが集まりましたね。すごいですよね。


大友:徳永(えり)さんは出産されたばかりだから今回は出演されないけれど、ほぼ全員ですからね。最初のリハのときは本当に大変だったけど、本番でどんどん作品が姿を表してくる現場を経験してしまうとね。きっとみんなそこが面白かったし、エキサイティングな経験だったんだと思う。あらためてすごい作品だなって。


井上:本当にすごい作品ですよね。僕の周りでも、初演を観ていた人が多くて、話したりしますよ。初演を観た限り名作だと思うので、3年経ってみんな年を取って、どんな感じなんでしょうね。


大友:自分で言うのも何ですが、さらにすごいものなっているんじゃないかな。できることなら、ちゃんと録音して音楽アルバムとして作品化できないものかって、こうして再演のリハーサルをしながら思っているくらいです。初演を観た方も、ぜひ観てください!


作品名舞台『ねじまき鳥クロニクル』
期間2023年11月7日(火)~11月26日(日)
会場東京芸術劇場プレイハウス / ▼座席表
上演時間1幕90分/休憩15分/2幕75分(計3時間)予定
チケット料金S席:平日10,800円/土日祝11,800円
サイドシート:共通8,500円
U-25(25歳以下限定):6,500円
(全席指定・税込)
ツアー公演大阪、愛知
作品HPhttps://horipro-stage.jp/stage/nejimaki2023/

PICK UP CONTENTS