ねじまきレポート④/レポーター:げそ@虹色のシャボン玉宇宙まで飛ばそう

一瞬の場面を何度も試行錯誤しながら創り上げていく過程を見学

観劇が大好きで、ミュージカルや演劇をたくさん観に行く私。同じ作品に何度も足を運び、その度に新
しい発見や感動を見つけ、気付けば完全に観劇オタク笑。そんな私の「X(旧Twitter)」に舞台「ねじまき鳥クロニクル」の稽古場に潜入し、稽古場レポートを募集する案内情報が流れてきた。本編を観ることはもちろん好きだが、アフタートークや舞台見学など、俳優さんや演出家などの話を直接聞ける機会は、とても興味深い。ただ、平日が仕事の私にとって、そのような機会は少なく、今まであまり行くことができなかった。しかし、今回の企画は土日に行われるため参加が可能だ。しかも、稽古場に行って実際に練習をしている姿を見ることができるのだ。劇場ではなく、稽古場。きっと今まで見てきた世界とは違う何かを知ることができるのだ、と考えただけでわくわくしてしまう。そもそもオタクなら誰もが憧れる稽古場に足を踏み入れることなんて、こんなチャンスなど滅多にあるはずがない!と、初演のねじまき鳥クロニクルの公演を観ていないにもかかわらず、志望動機をつれづれなるままに書いたところ、念願が叶い#ねじまきレポーター になることができたのだ。

かくして向かった稽古場、そして稽古風景は、このようなところでした。。。。

当然と言えば当然だが、そこは今まで様々なSNSで見てきた写真と同様の稽古場が存在していた。想像していたより狭い。教室3個分くらいだろうか。稽古場の8割が舞台。すぐ向かいには机やテーブルが並べられ、映像を撮れる機材や話し合いができる空間、楽器等がぎっしりとつまっていた。俳優さん達が集中して稽古できるように配慮してなのだろうか、ステージから見えない舞台袖にスペースを作り、作業を行っているスタッフさんもいて、本番に近いねじまき鳥クロニクルの世界が広がっていた。この空間こそが稽古場だと魅了された。今回の稽古は、(惜しくも途中で中止となってしまったが)2020年に使った舞台セットをそのまま使う形で稽古を行っているそうだ。

本日の稽古は、ダンサー。4時間を使って取り組んだ場面はたったの2か所。しかもそれぞれの場面は数分程度。一瞬の場面を何度も試行錯誤しながら創り上げていく過程を見学した。

まず驚いたことは、演出のインバル・ピントさんが英語で話し、通訳さんが日本語に訳しながら稽古をしていたことだ。考えてみれば当然なのだが、普段自分自身が英語で話す生活をしていないので、この環境に驚いた。もちろん、ねじまき鳥クロニクルが海外の演出家作品だとは知っていたが、日頃の稽古自体が英語であふれていることに驚き、見学開始当初、この環境に馴染めなかった。なぜならば、インバルさんの英語と通訳さんの日本語が途切れずに話され、聞き取ることができないのだ。しかもこの作業こそが大変であったのだ。そもそも、日本語であっても振付の表現方法を相手に伝えることは難しいが、英語で伝える(インバルさんも母国語ではない?)となると、互いの意思疎通の難易度はさらに上がる。加えて村上春樹さんの作品が抽象的なところもあり、伝える内容も難しい。ダンサーに求める内容が「もっと足を高く上げて」や、「動きを合わせて」等なら普通に理解をすることができる気もするが、インバルさんの放つ言葉はとても鋭かった・・・。

「もっと、重く・・・。」

重く!?重くって、何だろう・・・。見ている自分にはインバルさんと通訳さんが同時に言っていることを理解するだけでいっぱいいっぱいでしかなかったが、その話を咀嚼し、解釈し、試行錯誤しながら表現していくダンサーさんはまさに天晴だった。

何よりびっくりしたことはインバルさんご自身!!!彼女はダンサーではあるが、とにかくご自身が踊る、躍る、オドル、おどる、、、。

気付けば、インバルさんは4時間の練習中、一度も椅子に座ることなく、俳優さんの側に寄り添って話しかけては舞台に上がり、その表現をご自身が何度も何度も踊ってみせていたのだ・・・。まさに止まらない演出家。これは私の勝手なイメージだが、演出家とは主に机に座り、そこから指示を出しているものかと思っていたので、(振付も担当していると言えども)まさかこんなにも動き続けている演出家の姿に圧倒された。あるシーンでは、ダンサーさんの振付を決めるまでに8パターンもの方法が試されたほどだ。

1.まっすぐ下りる
2.スライドして傾きながら下りる
3.上半身を回転しながら下りる
4.ダイブするように下りる
5.ダイブして下りた後に回転する
6.背面からダイブする(←これは不可能だった笑)
7.やはり前からダイブ
8.触らないでダイブ


を何度も試行錯誤した上で、「⑤ダイブして下りた後に回転する」に決まった。見ている限り、さらに良い方法が見付かれば、今後も変わっていくのではないかという印象さえも受けた。非常に緻密で繊細に一人ひとりの動きを決めていることに驚いたことは言うまでもない。もっとよくしていこうと、気になることはじっくりと考え解決へと導いていた。恐らく演出家によって方法も違えば、アプローチも異なると思うのだが、個をしっかりと見つめ、一人ひとりとかかわっているインバルさんのスタイルは、まさに憧れる姿だった。

この中でも特に気になったダンサーが振付助手もしている皆川まゆむさん。彼女の凄いこと、凄いこと!言葉では伝えきれないことが悔しいのだが、彼女の身体能力は群を抜いていた。自分の振付はもちろんだが、誰かがインバルさんに指導を受けていると、すぐそこへ行って、言わんとすることをやってのけるのだ。こうやってみたらいいのではないか、ああやったら上手くいくなどと、インバルさんのいわんとすることをまゆむさん自身が実践し、ダンサーに広げていっていた。まゆむさんが実際に試すことで、可能か不可能かを確かめる判断基準になったり、インバルさんとまゆむさんが2人で伝えたからこそダンサーさんが理解したりという相乗効果を起こしていた。このように稽古を重ねていく中で、ねじまきカンパニーが団結し、ねじまき鳥クロニクルをより豊かに表現しようとしているように感じた。

特に踊る/振付助手:皆川まゆむ

また、意外だったことは、稽古の方法だ。私は学生時代に吹奏楽をしていたのだが、吹奏楽部は気になるパートがあるとその楽器がつかまり、全体がそのパートを聞くという方法をとっていた。ねじまきカンパニーは、あるダンサーがつかまったとしても、全員でそれを見るのではなく、ひっかかった人はインバルさんと練習するが、他の方が舞台から抜けることはなく、真横で自分の練習をしたり、他の人の振付相談を行ったりもしていた。もちろん全員が一緒になって考えているときもあったが、ふとした瞬間に稽古場から離れたりするダンサーさんの姿も見られた。これがいわゆる大人の稽古風景かと思った。通し稽古などではない日常の練習風景を見ることができたので、演出家とダンサーが様々な方法で対峙する姿を見学できたことは、非常に貴重であった。他の稽古場面もどのようにやっているのか、すごく興味をもった。

インバルさんは、俳優さんの一人ひとりに寄り添い、可能なことと、不可能なことを見極めながら決めていく。正直、作業は果てしない。ただ、最初に通し練をしたときと稽古後の通しでは、見違えるほど、その場面が変わった。そして、新たな課題も生まれていった。それらも踏まえ、本番までにさらに進化していくことは、間違いないだろう。

今回見たシーンは、2023年版として新たに変更した場面と、基本は初演時と同じだが、練習しながらブラッシュアップしていった場面。当然ながら、今後このシーンに「演じる・歌う・踊る」キャストさんが加わっていくので、雰囲気は変わるだろう。これらの活動を繰り返し行いながら創り上げているのかと思うと、大事なことは本番よりもそこに至るまでの過程だと実感した。それらのことは様々な記事やパンフレットを読んできて分かってきたつもりではあったが、実際に見ると見ないとでは、全く違っていた。今まで見てきた作品はどれも尊いけれど、それらはほんの一部でしかなく、その何十倍もの裏側に隠れた苦労や喜び等があるからこそ本番が生まれているのだと気付くことができた。観劇日当日は、気になることが多すぎてどうしたらよいのか分からなくなってしまうかもしれない。

稽古が進んでいくと演奏家3名が稽古場に現れ、練習に合わせて演奏を重ねていった。次第に舞台が色付くようで期待に胸が高鳴ってきた。ちなみに、この日の稽古はダンサーのみで練習はないとのことだったが、成河さん、渡辺大知さん、銀粉蝶さんもやって来て、練習風景を見学されていた。どうやら普段から練習がない日も見に来ることがあるそうで、カンパニーの暖かな雰囲気を感じた。自分だったら、休みの日まで仕事に行きたいと思うかどうか・・・(;’∀’)。

カンパニーの雰囲気と言えば、こんなほっこりするような時間もあった。後半の練習でダンサーさんが縦横無尽に壁やドアをすり抜けるシーンでのこと。実はあの壁の隙間、たったの「25cm」。遠近法を有効的に使いこなしている舞台マジックであり、初めてみた私はどうなっているの!?と思わず舞台構造を見に行ってしまったが、ダンサーさんは舞台が動く構造を駆使して上手にすり抜けているのだ。(最後の陸さんは裏から引っぱることに決まった。)

その場面の稽古を行っていると、気になった演奏家の大友良英さんがふと舞台上に上がり、壁抜けにチャレンジ☆♬

しかし、幅25cm。
・・・。

どうにもこうにも大友さんには壁抜けができない(涙)。ちなみにまだ稽古中(笑)。ただ、途中でその姿に気付いたインバルさんがニヤリと。大友さんにやり方を伝授(爆)。練習が止まって大友さんの壁ぬけタイム。「身体を柔らかく~」と実演しながら壁抜けしたインバルさんに一同拍手!!

しかしながら、いくら教えてもらっても、何度やっても大友さんは壁抜けができない。もちろん稽古中は皆さん集中して行っていたが、ときにそんなことをして笑い合う様子に見ている我らもほっこりした。そして何度も同じことを言うようだが、すぐに対応できるダンサーさんの素晴らしさを改めて感じた瞬間だった。各々のお茶目な姿も認めてしまう雰囲気もまた、カンパニーの良さだと感じた。(ちなみに、その後こっそり壁抜けをしながら出てきた成河さんの姿を見逃すはずはない(笑)やりたかったのですよね。その行為が可愛かったです。)

稽古場の風は、穏やかに流れていた。今後ねじまきカンパニーがどのように変化していくのか、気になって仕方ない。

今回初めて稽古場に潜入して分かったことは、私が想像していたよりも細かい部分を意識しながら作品を創り上げているということだ。原作にはないシーンを創ったり、村上春樹の意味するものを考えたり、文章内容を吟味し、それが本当に存在するのかを考え直した上で、2023年版を作り上げていく話などはとても興味深かった。それら全ての想いをインバルさん中心に創り上げていくことは、非常に面白いだろう。そしてこの創作過程を知ってほしいと思ったからこそ、今回のねじまきレポーターの企画が生まれたのではないかと思う。このように一般人にオープンにして様子を見せるというアイディアが凄い。普通はできない。また、ホリプロほどの大きな組織が率先して行ったことこそが、素晴らしいと思う。これは再演作品であり、カンパニーの協力があったからこそできたのだろう。簡単ではないだろうがこのような企画があればあるほど、興味をもって舞台を観に来る人の間口が広がるのではないかと思う。この活動を他の団体も知り、広げるきっかけとなったら今後劇場へ興味を持つ人が増えるのではないかと思う。特に今回は舞台には興味がなくても、村上春樹が好きという人が多いはずだからだ。今後、舞台見学やねじまき談話室、ねじまき音楽教室など様々な企画があるので、こちらも興味が湧く。(欲を言えば土日開催をしてほしいところだが笑)間違いなく、自分自身はねじまきレポーターになる前と後では作品に対する興味が変わった。原作をもう一度読み直そうなどと、興味を深めるきっかけになった。今回、自分を含め4人のねじまきレポーターが稽古場に潜入したが、皆揃って、今日来ることができたことをとても喜んでいた。レポーターを希望した気持ちは違えど、この「ねじまき鳥クロニクル」に興味をもち、成功を願う思いは同じだ。

作品名舞台『ねじまき鳥クロニクル』
期間2023年11月7日(火)~11月26日(日)
会場東京芸術劇場プレイハウス / ▼座席表
上演時間1幕90分/休憩15分/2幕75分(計3時間)予定
チケット料金S席:平日10,800円/土日祝11,800円
サイドシート:共通8,500円
U-25(25歳以下限定):6,500円
(全席指定・税込)
ツアー公演大阪、愛知
作品HPhttps://horipro-stage.jp/stage/nejimaki2023/

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