ねじまきレポート①/レポーター:sumika

気がつくと私は夢中でダンサーの身体をデッサンしていた。

2023年の10月某日都内某所にて
舞台「ねじまき鳥クロニクル」の稽古を見学した。
株式会社ホリプロから“‬ねじまきレポーター”に任命されたためだ。‬‬(村上春樹ファン32年、重めの原作ファン)
今作は2020年の上演作品の再演。
初演はコロナ禍で観劇出来ず、満を持しての観劇となるので春樹ファンとして非常に楽しみにしている。

今日は「振付day」という事らしい。
インバルさんが一人一人ダンサー(特に踊る)へ振付していく。
※演じる・歌う・踊るのみなさんの出番はなし

当初、3時間の見学の予定だったがホリプロさんのご好意で「もし、お時間が大丈夫なら区切りのいいとこまで…」とさらに1時間ほど延長して見学できた(とても幸運なことに)。
夢中でデッサンし、クロッキーのようなメモ書きは最終的に27枚に!

ダンス・振付という身体表現を文章にして伝える難しさに今、途方にくれている。(正確にこれはダンスなんだろうか…?インバル・ピント、そしてダンサーの魂の叫びにも思える)
ここから何を持ち帰って何をレポートすればいいのだろう(演技や舞台装置の方がレポートしやすそうだ…)。

順を追って何とか文字にしていこう。

最初にホリプロさんから今作は『八百屋舞台』という説明があった。
普通の舞台と何が違うのかというと「八百屋さんの陳列のように舞台に傾斜がついてること」である。傾斜があることで少し離れた席からでも奥まで舞台全体が把握でき視覚的効果を狙える。

しかし私は知っている…舞台に立つ側からすると、バランス感が変わり真っ直ぐ立つのさえままならない事を…つまり演者は人並み以上の体幹が必要なのである。
この板の上で3時間程、ダンスやら芝居、歌唱をこなすプロの方達は本当にすごい。私自身、高校生の時にイタリアの八百屋舞台でバレエを踊ったことがあるのだけど今までの舞台と全くバランス感覚が違って非常にしんどかった。(個人的には二度とやりたくない)

プールと壁抜け、2つの場面稽古を見学。

今回見学出来たのはふたつの場面、プールのシーンと壁抜けホテルのシーン。

まずはプールのシーン、初演とは全く違うアプローチでプールを表現するのだという。
「エンプティープール」つまり水のないプール。それを身体表現だけで表現する。

水の中だから動きはゆっくりと…。

「ノー、アティチュード(片脚で立ち、もう片方の脚を上げて、膝を曲げるバレエのポーズ)。楽じゃないところで止まって!」「完結しないポーズで!」「ルーズに見えてた方が面白いから」とダンサーさんとしてはかなりキツいポーズの振付(動き)が続く。

見てる方は確かにその方が奇妙で面白い。

インバルさんは次々とアイデアが浮かぶようで(脳が高速回転してるのだろう)「違うアイデアが沸いたからちょっと待って!」とドンドン動きが刺激的になっていった(もちろん危険度も上がる)。思わず笑ってしまったのは、パ・ド・ドゥのような2人組み合わせた動きで「ホールド無しにしたい!」という無茶ぶり!インバルさん本人もすぐ「無理か……!」と笑っていたのがチャーミングで印象的だった。

「これが出来たら俺たちサーカス入れる!」とダンサーさんが言うくらいアンバランスでスリリングすぎる動きに見てる方もハラハラ。

プールのシーンの動きを1人ずつ丁寧に調整し全体を見てまた調整するという作業で2時間ほど経過した。「Good!Good!ずっと良くなったと思います!」とインバルさんも太鼓判でこのシーンのお稽古は終了。

イラストレポート/作:sumika

しばしの休憩を挟んで次は壁抜けホテルのシーン。

プールは現実的なパートだったが今度はあちら側の世界。
この世ではないホテルの廊下、ドアが奥まで並んでいる。
ホテルの壁は生きていて意志を持っている。それを表現するようにダンサーさんが動きながら壁を移動していく。

ここでは、人間ではない役(だと思う)なのでぐにゃぐにゃと壁の隙間を通り抜けたりフラフラと吸い込まれたりしていく。壁にぺたりと張り付いたかと思うとぐにゃりと溶けたり、滑らかで不規則な動きが不気味さをさらに格上げする。

「単調にならないように、柔らかく、スライドして」「ターンに終わりがないように、両足じゃなくて片足ずつ着地して」(これって非常に難しいと思われます)このシーンもインバルさんが1つずつ演出していく。

イラストレポート/作:sumika

原作でも出てくる壁抜けのシーンが再現されていてうずうずした。
私もめちゃくちゃやってみたい。

見てるとやりたくなるというのは私だけじゃ無かったようで音楽担当の大友さんもチャレンジしていて可愛かった。それを見てたインバルさんが実演してみて「顔を横にしてSoftに柔らかくやればできるわよ」と言っていたが、大友さんはなかなか上手く出来ず「ダンサーさんは本当にすごい!尊敬します!」と笑っていた。本当に細い隙間だからまともに正面から突っ込むと抜けられないみたいだ。

インバルさんが一人一人の振りを直してる間、他のダンサーさんは直した動きの自主練をひたすらされていた。

このシーンもあっという間に2時間経過。
一区切りついて私たちレポーターは解散となったが、まだまだお稽古は続く模様。

トライアンドエラーを繰り返してつくりあげる、もっと面白い表現。

今回の見学で一番感じたのはインバルさんのエネルギッシュさとアイデアの豊富さ。そして、現場の集中力のあるあたたかい雰囲気(彼女の人柄に寄るところが大きいのだろう)。

ダンサーの動きをインバルさん自身が実際に動いてみてニュアンスを伝える→通訳の方がものすごい早さで同時通訳→ダンサーが動いてみる→振付助手の皆川まゆむさんがインバルさんのイメージする動きを的確に再現する→それを見てまたダンサーさんが動く。

そんなトライアンドエラーを繰り返し、もっと面白い表現にならないかとディスカッションしながらみんなで模索する。
そうすると見た事も無いような動きになって、それを見ていた他のダンサー達も真似してみる。
(不思議とやってみたくなる動きなのだ!インバルマジック!!)

振付は「観客から見た感じ」が重要視されているようだった。例えば、足を前後180度オープン(スプリッツ)しながらぐにゃぐにゃと後ろに進む動きも「できるだけ手が見えないように足で押して進んで!」というような具合だ。手が見え無い方が、見ていて「えー!どうなってるの?」という驚きがあるからだろう。

そして、大友さんが生演奏で音楽をつけてくれる。
うーん、すごい。なんてクリエイティブで贅沢な空間。

「俳優さん、皆さん作品に対して前のめりで、出番がない日も顔出してくれます」との事でこの日は、主演の成河さんと渡辺大知さん、銀粉蝶さんが来ていた。

4時間の見学が終わる頃には辺りは薄暗く、雲天で10月の風が少し肌寒かった。
俳優さんの演技や歌唱部分が見学出来なかったのは残念だけど、ここから本番までにどんな世界が繰り広げられるのかと思うとワクワクしかない。
私の誕生日が舞台初日という事で勝手に運命的なモノを感じている。

非常に個人的で拙いレポートしか出来ずもどかしいが「なんか物凄いものを観た」貴重な経験だった。しかもこれが「なんか物凄いもの、の一部分」という事なのだから完成形が全く想像が出来ない。(豪華なフルコース料理の前菜だけ食べたみたいな)
AIやデジタルでは決して代替が出来ない生の舞台体験、見たことの無い想像を超えた世界がそこにはあるのだろう。

村上春樹×インバル・ピント

とても奇妙で面白い(そもそも1人の役を成河さんと渡辺大知さんで表現するという試みが既に面白くないですか?)ねじまき鳥クロニクル、原作を知らなくても観劇が初めてでも、非常に熱量の高い忘れられない舞台になりそう。

作品名舞台『ねじまき鳥クロニクル』
期間2023年11月7日(火)~11月26日(日)
会場東京芸術劇場プレイハウス / ▼座席表
上演時間1幕90分/休憩15分/2幕75分(計3時間)予定
チケット料金S席:平日10,800円/土日祝11,800円
サイドシート:共通8,500円
U-25(25歳以下限定):6,500円
(全席指定・税込)
ツアー公演大阪、愛知
作品HPhttps://horipro-stage.jp/stage/nejimaki2023/

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