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【クリエイターインタビュー】帽子デザイナー キャッツ洋子/Daiwa House presentsミュージカル『生きる』
  • インタビュー

舞台をつくるスタッフへのインタビューをお届けする<クリエイターズ・ノート>

『生きる』劇中で重要なアイテムとして登場する”帽子”。今回は、その帽子のデザインを初演時から手掛けているキャッツ洋子にインタビュー。主人公・渡辺勘治と同様、がん宣告を受けた自身だからこそ感じた『生きる』の魅力について聞いた。

(文:上野紀子)

キャッツ洋子

世界的にも有名なファッション専門大学、FIT(ニューヨーク州立ファッション工科大学准教授・ファッション経済学者。ミクロ経済やファッション経済学の教鞭をとり、計量経済学と産業組織論、そしてニューヨークファッション産業についても精通。 また自身のガン闘病を記録したHeal in Heelsのブログ執筆も行い、ガン患者のための乳房全摘出手術後の腕があがらないときに着られるRelaxip(リラクジップ)を発案・デザイン。現在もガンと共存しながらもお洒落ゴコロを楽しめるインクルーシブなデザインを発信し、またユニークな帽子デザイナーとしてもクリエイティビティを発揮している。現在ニューヨーク在住、名古屋出身。

未来の見えない闇の中でも

“ミラクル”を起こし続けたい

01  乳がんの宣告を受けて始めた”がん患者のための”帽子作り
02  視野が狭くなった世界におとずれた、再再演の知らせ
03  舞台の上の勘治さんの生きざまは、まさに自分そのもの
04  ファッションのパワーによってがん患者さんに力を与えたい

乳がんの宣告を受けて始めた”がん患者のための”帽子作り

私がステージ1の乳がんと宣告を受けたのは2014年、36歳の時でした。NY州立ファッション工科大学で経済学を教える立場にいて、胸を、髪の毛を失くし、痩せ細った自分がどのようにアイデンティティを保ったまま、ファッションを学ぶ学生の前で授業をしていくのか……、真っ先に浮かんだのは、がん患者のそういったネガティブなイメージ。でも同時に、そんなイメージを覆すためのファッションを、業界がまったく提供していないことにショックを受けたんですね。それで自らターバンをお洒落に巻いたり、ウィッグをつけたりと試行錯誤するうちに、がん患者のための帽子を作り始めました。

キャッツ洋子さんの普段のお洋服

ちょうどその頃、同郷で高校時代からの友人である梶山プロデューサーが仕事でニューヨークに来て、「今度、黒澤明監督の映画「生きる」を原作にミュージカルを作るんだ」と教えてくれて。

え、待って!主人公ががんの宣告を受け、その後の人生をどう生きていくのか、そのストーリーはまぎれもなく私自身のことでは!?さらに劇中には、帽子が重要なアイテムとして登場します。即座に「ぜひ、私の帽子をどこかで使ってください!」とお願いしていました。そのようにして初演時、デザイナー魂のすべてを注いで作らせていただいたのが、劇中に出てくる帽子屋さんに並んだ帽子たちでした。

2023年上演時の舞台写真/撮影:引地信彦

視野が狭くなった世界におとずれた、再々演の知らせ

初演の時は大学の授業もあって忙しく、来日しての観劇が叶いませんでした。舞台映像を観て、自分の生きざまとリンクする物語に激しく感動し、これは生で観たかった!次は絶対に駆けつけなければと思ったのですが、2020年の再演も直接観ることは出来ませんでした。コロナのパンデミックに阻まれたのもありましたが、その前年、2019年の秋の終わりに乳がんの再発が、それもステージ4であることがわかったんです。ステージ1から術後5年を迎えて、やった!完治した!と喜んだ矢先の出来事でした。

がんの宣告を受けると、自分の将来に向けた視野が非常に狭くなるんです。健康な人なら遠い将来、老後はどうしようとか考えて毎年のプランを立てたりするところですが、怖くて遠くは見られない。自分にその“遠く”はないかもしれないから。とにかく今日一日、見られても明日のスケジュールぐらい、そんな視野の狭い世界に生きていると、精神的にも病んで来るんですよね。梶山さんに再発の話をした時も、「将来を見るのは怖いから、せいぜい1ヶ月先のスケジュールしか見られない」と言いました。そうしたら梶山さんが、「これは内緒だけど、3年後に『生きる』の再々演をやるよ。だから今から3年後のスケジュールをちゃんと書いて、それまで頑張って治療しなさい」と言ってくれたんですね。

舞台の上の勘治さんの生きざまは、まさに自分そのもの

そうして2023年の今、とうとう日本に来れました。やっと『生きる』を、この目で観ることが出来ました。(まだ通し稽古を拝見しただけで、本番はこれからですが)私が作ったピンクの帽子を被っているあべこさんにも舞台裏でお会いして、“初めまして”なのに真っ先に「ハグしていいですか!?」って言ってしまいました(笑)。本当に、すごく嬉しかったんです。舞台の上の勘治さんの生きざまは、まさに自分そのもの。私はファッションに興味があるから、その世界でがん患者のイメージを変えていきたい、そういうふうに生きざまを変えていくけれど、勘治さんの場合は、自分の働く環境で何が作れて、どう社会に貢献出来るかを考えて、それを実現していきますよね。私は2023年の現代で、勘治さんは1950年代で起きていること、まさしくパラレルワールドです。

2023年上演時の舞台写真/撮影:引地信彦

2023年上演時の舞台写真/撮影:引地信彦

目的なく人生を生きる、私はそれもありだと思うんですよ。人は受動態でも生きていけるんです。勘治さんは“二度目の誕生日”までは受動態で生きていて、言われたこと、決められたことだけをやって、自らアクションを起こさなくても生きて来れた。でも“二度目の誕生日”から先は、能動態に変わっていくんですよね。がんの宣告を受けたことで考え方を受動態から能動態へシフトさせて、その先の人生をいかに自分らしく歩んでいくか、この勘治さんの変化は多くの皆さんに感じてほしいところです。

どんな環境にあっても、必ず人には選択肢があります。勘治さんは否応がなくがんという環境に置かれた時、自分はどうしたら楽しんで生きられるのか、自分の存在する意味は何なのか、それを探りながらどんどん選択をしていき、結果、公園作りに携わってそれを実現します。どういう自分でありたいか、それは人生の選択を積み重ねた先に見えてくるもの。楽しい境遇であれ、辛い境遇であれ、「自分ならこうする」の選択の数々が、その人の人柄を形作るのではないでしょうか。この『生きる』を観ながら、自分ならどういう選択をするかな!?と考えてみてほしいですね。

2023年上演時の舞台写真/撮影:引地信彦

ファッションのパワーによってがん患者さんに力を与えたい

実は今年の一月に、乳がんの脳転移という形で新たな再発を告げられました。また未来の見えない闇の中を歩いているわけですが、それでもずっと思い続けている「ファッションのパワーによってがん患者さんに力を与えたい」というメッセージは確実に広がって来ていると感じています。帽子作りのほか、今はがん患者のための服も作り始めました。私が着ている服もそうで、デザイン性と機能性を両立させた、胸元を開けやすいものになっています。抗がん剤は血管に直接入れるのですが、毎回針を通すと痛いので、ポートと呼ばれるものを胸に埋め込みます。そのポートから針を通すとあまり痛くないんですね。自分の好むファッションで仕事に出かけ、その前にサッと胸元を開けて治療を手早く済ます。仕事とがん治療が同時に出来る、そんな社会にしていきたいと思っています。

私のように、『生きる』を自分の物語だと思う人は大勢いるはず。だから海外でも、たとえ翻訳がなくても絶対に伝わる作品です。ブロードウェイに来る時にはぜひとも、勘治さんが被る帽子もこの手で作りたい。その夢を実現させるために治療を頑張りますよ!ミラクルを起こし続けたいですね。

右)『生きる』プロデューサー:梶山裕三


Daiwa House presents

ミュージカル『生きる』

【東京公演】
期間:2023年9月7日(木)~9月24日(日)
会場:新国立劇場 中劇場

<チケット料金>
S席:14,000円/A席:9,800円
注釈付S席:14,000円/注釈付A席:9,800円
(全席指定・税込)

座席表>>https://bit.ly/3RaUaxc
キャストスケジュール>>https://bit.ly/3ErEcqP

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