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運命の恋人たちの姿を通し、シェイクスピアの愛のメッセージを現在(いま)に伝える痛ましくも鮮烈な傑作/【2024年4月上演】マシュー・ボーンの『ロミオ+ジュリエット』
  • コラム

文:森 菜穂美 (舞踊ジャーナリスト/翻訳家)
Rehearsal Images by Johan Persson

言葉では表せないような衝撃的な舞台作品、それがマシュー・ボーンの『ロミオ+ジュリエット』だ。ウィリアム・シェイクスピアによる不朽のラブストーリーを基にしながらも、現代から遠くない近未来に生きる若者たちを取り巻く苦難―トラウマ、抑圧、虐待、暴力、同性愛嫌悪、家族に愛されないこと―を描いている。これらの逆境において果敢に闘う運命の恋人たちの姿を通して、シェイクスピアの愛のメッセージを今に伝える痛ましくも鮮烈な傑作がここに生まれた。

多くのバレエ版『ロミオとジュリエット』の幕開けは、ヴェローナの街の喧騒で始まっている。ところがマシュー・ボーン版では血まみれになって横たわっているロミオとジュリエットの姿という強烈なオープニングで幕が開く。続く場面では、ヴェローナの街角ならぬ、若者たちが収容されている殺風景な施設“ヴェローナ・インスティテュート”で、重厚な旋律の(CMなどでも有名な)“騎士たちの踊り”の音楽に合わせ揃いの白い服を着て体操をさせられている若い男女の姿に驚かされる。ここは矯正施設なのか、精神病院なのか?

ボーン版では舞台は管理社会的な近未来に設定されており、二つの家族の対立はない。ロミオとジュリエットはこの“ヴェローナ・インスティテュート”で出会い、二人の間で大きな障壁となるのは、男女が隔離されたこの施設で恋愛が禁止されていることと、ジュリエットが施設内で看守であるティボルト(原作ではジュリエットの従兄弟)に暴行されたトラウマに苦しめられていることだ。ロミオは上院議員を務める権力者の親に見放されて、ここに捨てられたように収容されており、また二人を見守るロレンス神父は、思いやりにあふれた女性牧師バーナデット・ロレンスへと設定が変更されている。

二つの傷ついた魂が求めあう美しいラブシーンは、バレエ版『ロミオとジュリエット』のクライマックスである「バルコニーのパ・ド・ドゥ」へのボーンならではのオマージュである。この施設の無機質な階段や回廊がバルコニーの代わりとなって二人の愛の高揚感を盛り上げる。バレエ『ル・パルク』のフライング・キスシーンを思い起こすような、唇が触れ合ったままで動き回る長いキスがロマンティックだが、ジュリエットがリードしてロミオをリフトする場面があるのが現代的だ。この場面に限らず、しばしば男女の役割が逆転している場面があるのが、ボーンらしい翻案と言える。

ジュリエットは、ティボルトに執拗に暴行されている悲しい境遇にありながらも、強い意志を持ち、恋愛の面でもロミオをリードする魅力的なヒロインである。一方ロミオは親に見放されてこの施設へ捨てられてしまった、繊細でナイーブな青年だ。人気の高いケネス・マクミラン版のバレエ『ロミオとジュリエット』においては、望まない結婚を強いられるジュリエットが親に反抗し、愛を貫くが、本作ではロミオが、彼を退院させようとする親に反抗し、ジュリエットのために施設に残ることを選ぶ場面が登場するという、ここでも男女が逆転した描き方となっているのがユニークだ。

本作の3つのパ・ド・ドゥの場面は、今までのボーン作品の中でも最も複雑で技巧的、かつ官能的で二人のめくるめく心情をドラマティックに伝え、バレエ版の『ロミオとジュリエット』を愛する観客にとっても、目が離せない圧倒的なダンスの魅力を感じさせてくれるだろう。

二人の出会い、施設内のパーティでミラーボールの光がきらめく中、お互いに気が付く場面。ここはマクミラン版『ロミオとジュリエット』の時が永遠に止まったかのような出会いの場面を思い起こさせて、施設内の単調で規則に縛られた日常が輝きだす瞬間をとらえた名場面だ。仲間たちにリフトされて空中に浮かび上がった二人の姿は短いながらも夢のような時間。普段は白い服を着させられている収容者たちがカラフルにドレスアップし、短い間、若者らしい感情と情熱を取り戻すことができる儚くもかけがえのない時間であり、才能あふれるニュー・アドベンチャーズのダンサーたちの、表情豊かでパワフルなダンスがここで炸裂する。

原作で物語を転がしていくロミオの友人たちは、本作品でも登場する。明るい性格で正義感の強いマキューシオには男性の恋人であるバルサザールがいるが、ティボルトのホモフォビア(同性愛嫌悪)が二人に向かうことになる。一人一人の登場人物たちに役名が付いていてそれぞれのキャラクターが生き生きしているのは、ボーン作品ならではの魅力だ。

非人間的な生活を強いられている収容者たちが、支配的な看守や医師、看護師らに反抗し、ロミオとジュリエットの恋愛をロレンス牧師ともに応援する姿に観客も思わず共感してしまうことだろう。原作では両家の若者同士の血生臭い争いが描かれているが、本作で登場する収容され抑圧されている若者たちはかけがえのない仲間であり、障壁を乗り越えて愛し合うロミオとジュリエットは、彼らにとっては希望の象徴なのである。

一方、凶暴な看守ティボルトは、インスティテュートを暴力で支配するが、単純な悪人ではなく、ジュリエットと同じくトラウマに苦しみ、精神が崩壊して行くという人間的な一面を見せている。

巨匠プロコフィエフによる有名な音楽は、作曲家の子息の許諾を得て、音楽監督のテリー・デイヴィスが15人編成と小規模なオーケストラのために編曲した。意外な使われ方をしているところもあるものの、バルコニーのシーンや終幕など重要な場面は従来のバレエ作品に準じた旋律がドラマを盛り上げる。大編成の演奏ではないものの、ソロ演奏の場面もあることで、プロコフィエフのメロディの美しさと痛切なドラマが強調され、また生々しく現代的な味わいを感じさせることに成功している。

今まで「やり尽くされてきた」ロミオとジュリエットに自分の作品が入りこむ隙はないと考えていたボーンだったが、若いアーティストとの出会いの中で、理不尽な大人社会の下で抑圧された若者のエネルギーというシェイクスピア原作のエッセンスにたどりついた。若いアーティストたちもレギュラーのクリエイティブチームと共に初演版のクリエーションに参加し、若者たちによる若者についての作品となった。今回来日するのは、2019年に絶賛を浴びたこの作品をさらにブラッシュ・アップし、ダンスの殿堂として知られるロンドンのサドラーズ・ウェルズ劇場との共同制作作品として立ち上がった再演版である。若者の爆発するエネルギー、喜びと苦悩がみなぎっている衝撃的な愛の傑作、それがマシュー・ボーンの『ロミオ+ジュリエット』である。

作品名マシュー・ボーンの『ロミオ+ジュリエット』
期間2024年4月10日(水)~21日(日)
会場東急シアターオーブ / ▼座席表
上演時間1時間50分 (休憩含む)
チケット料金チケット絶賛販売中!

特典付SS席:平日15,000円/土日16,000円
S席:平日13,000円/土日14,000円
A席:平日11,000円/土日11,500円
B席:平日/土日共通8,000円
C席:平日/土日共通5,500円
 
(全席指定・税込)
作品HPhttps://horipro-stage.jp/stage/mbrj2024/

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