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19世紀末のロンドンを舞台に、文学界の異端児オスカー・ワイルドをめぐる物語が綴られていくミュージカル『ワイルド・グレイ』。その日本初演に出演するロバート・ロス役の平間壮一&オスカー・ワイルド役の廣瀬友祐が稽古場から届ける、“現在進行形” の熱と意欲と決意。
(文:横澤由香、写真:渡部孝弘)
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表現者としての“優先順位”とは
──韓国で生まれ「衝撃作」とも称されるこのミュージカル『ワイルド・グレイ』。お二人は本作の第一印象、いかがでしたか?
廣瀬:シンプルに「悲劇だな」とは思いました。男性3人で、同性愛的なものもどこまで舞台で描くんだろうというところにも興味を持ちましたし…いわゆる恋愛的な要素が強いのかなっていうのが第一印象でしたね。
平間:僕も完全にそうでした。最初はもうホントにキラキラしたBLジャンルの作品かな?というイメージを持って台本を読んだんですけど……
──いざ物語に分け入ったら予想とは違っていて。
平間:そう、全然違いました。今はまだ稽古序盤で第三者的な目で見ることができていないんだけど、どうだろう??
廣瀬:うん。そんなにキュンキュンする要素っていうのは感じないかなぁ。
平間:だよね。危なっかしい人間の魅力というか、ヒリヒリした感じというか。そういう響き方だと思います。
──「美しい痛み」のような世界。そこに生きる実在した人物でもあるロバート・ロスとオスカー・ワイルド、ご自身の役についても探究が進んでいることと思います。
平間:今回の上演台本の中でのロバート・ロスはワイルドのなにもかもをひたすらサポートし続ける人で、自分の仕事のこととかは話題に全然出てこないですし、もう、本当にね、頭と心がしっかり別である人なんですよね。「心優先」よりも「頭優先」で、何についても「こういうことだから抑えておこう」っていう…。そうやってすごく耐えてる自分が苦しいっていう感じでしょうか。ワイルドのためを思ってしか動いてない。
──感情が揺らいだ時でも直接的な言葉で批判することなどはなく、ワイルドが好みそうなウィットに富んだ会話でのやりとりで関係を保とうとする。優しくてクレバーな人という印象も。
平間:ワイルドと親しくしていることで周囲から嫌なことを言われたり、自分も他人からいっぱい痛みを受けている。そういう気持ちを知ってるからこそ、同じような境遇にあるワイルドに優しくしていきたいんですけど…ただそれでも手に負えないぐらいのやつ(アルフレッド・ダグラス)がさらに現れるという、ね。大変です。ロスは。
廣瀬:「自分がやるオスカー・ワイルド」。今の段階ではまだどうなるかわからないんですけど…実在の人物ですし、知ってる人は知っている背景みたいなものも広く認知されている。だからこそこのキャスト、この上演台本においてのオスカー・ワイルドっていうものを演じればいいとは思っているんです。とにかくシンプルに美を追求したが故の人生を歩んだ人。あの時代のあの社会の中でどこまで覚悟を持って…どこまで道徳や常識をわかった上でそれを選択をしたのか、というバランスの部分を探っている最中です。
──世の中から外れていくことを自覚的に選んでいたのか、もしくはそんなことすら思わずナチュラルな本能でああいう振る舞いだったのか、と。
廣瀬:はい。また、ロスとの関係値も含め、自覚や覚悟があったとしても、それを上回るボジー(アルフレッドの愛称)という存在と出会ってしまって、自分でブレーキをかけるという判断ができなくなってしまうんじゃないか…というところも重要です。ただ、オスカー・ワイルドは唯美主義、耽美主義、この世で「美」が最高のもので一番重要なものだと考えている人。そういうある種非生産的なものが本当は表現者にとって一番大事なんじゃないかって思っている「そのこと」って、今の時代に役者として生きている自分たちにも置き換えると、すごく理解できる気がしてるんです。
平間:(頷く)
廣瀬:舞台でも確かにお客さまを呼んでお金を回収することはとても重要なことだし当たり前に考えなきゃいけないことなんだけど、でもそもそもやっぱり一番大切なのは「その作品を本当に最高のものにする」ことでしょっていうところを、ちょっと忘れてない? 先のことばかり考えて根本的なことを知らないふりしてない? 何かを誰かに押し付けてない? みたいな感覚は、役者をやってて自分の中でも感じることがあるので。
──人としての理性的な優先順位と、俳優としての優先順位はゴロッと真逆かもしれない。「表現者であり経済活動にも参与している」ことへの矛盾ですよね。
廣瀬:そうなんです。自分自身、「表現に開放する」というのをそんなに抑えるべきじゃないんだろうなぁって。
平間:すごくわかる。役者やりながらも「本当はこうしたい」っていうのはあるけど、でも一方で「そうですよね」みたいな感じ(苦笑)。そしてロバートはどっちかというと抑える側、「とは言え現実は…」の人だから、それがまた彼にはより苦しいんですよね。だから、その命題はもう自分自身も日々感じてます。あの、ワイルドさんって、ちょっと三島由紀夫さん味ありません?
廣瀬:うん。実際、三島由紀夫さんもオスカー・ワイルドに影響された部分があるらしいよ。
平間:そうなんだ!三島さんも戦いに行ってる究極の人じゃないですか。だからふたりともかっこいいんだなぁ。もう、文章ひとつ、芸術ひとつで世界を変えるというか、時代とも、世界とも戦ってるんだな、この人はみたいな。
廣瀬:うんうん。
少人数のミュージカルは「大変」だけど「好き」!
──本作に出演する俳優は3人だけ。こうした少人数のミュージカルならではの楽しさ、厳しさなど、どう感じられていますか?
廣瀬:大変です(笑)。大変ですけど、個人的には本当に好きなエンタメのカタチですね。大変なのに好きって思うって、やっぱ俺も変態なのかなっていうのはあるんですけど(笑)、苦しめるほうがより楽しいというか。大作に参加できるのももちろんありがたいですし、それも素敵なエンタメだと思いますけど、大箱での中の1人よりもやっぱり限りなく濃密にならざるを得ない環境でやらせてもらうのは、役者としてはとても取り組みがいのある楽しさなので。以前、2人芝居の『スリル・ミー』も経験しましたが、実体験としては2人より3人のほうがムズいなって思っています。例えば2人だったら本番の舞台でセリフが飛びそうになったり多少順序が違ってしまっても、どうなろうとお互いにサポートできますし、よほどぶっ飛んだ会話にならなければ、相手の言葉を聞いて自分の感情がそうなって…と流れればそうそう拗れることはないんですど、3人だとまた違うんですよね。
平間:あー、確かに。
廣瀬:その瞬間に誰がどこに矢印を向けてるかで、向いてない人の表現の仕方や、聞いている感じ、その間にそっちはどう思っている?とかが場面場面で比重が違うので、対応しようとしても「自分が動く前にあっちのセリフがあるはずだから」…などと、もうひとつ考えなきゃいけないことが出てくるんですよ。そういう「3人だから」の難しさはすごくありますね。
平間:うん。特にこの作品は、ここのふたりなんか本音で1回もしゃべらないというか、影響し合わない程度のところで踏みとどまってるっていうか、大人だなっていう関係ですよね。だから、自分のセリフによって「この人をこう動かしたい」っていうことがあんまりないし、しかも、気づいてはいるんだろうけど、なんか茶化したりいなしたりっていう空気で、そこにボジーっていうめちゃくちゃに引っ掻き回す人がいるっていう関係がすごい難しいんだなって感じてます。受身2人対攻め1人、みたいな構図が。ちゃんと向き合って場面によって影響し合える人同士だとある程度勝手にシーンが回っていく感覚もあると思うんですけど、やはりそうじゃない分、僕もこの3人はすごい難しいカタチだと思います。
廣瀬:特に、客観的に見てもロバート・ロスが一番繊細なお芝居になるよね。みんな繊細なんですけどタイプが違うというか…お客さま目線でも一番感情移入できるのはロスだろうし。となったときに、でも大人だし、受身だし、献身的にサポートするタイプのポジションだから大きくは表現できない大変さがあると思う。そういう意味で、壮ちゃんはめちゃめちゃ役に合ってると思うよ。もちろんいろんな役をできる人だけど、壮ちゃんの繊細な優しさみたいなものがロスに重なって、お客さまにも響くと思いますね。
──ともするとロスの「献身」は「平凡」な印象になってしまう危うさがある。
平間:そう、ロスは難しい。でも慣れてしまうと…って言ったらあれですけど、僕はヒロくん大好きだし、ずっと見てたし、こういう人だなっていうのはもうわかってるから、ヒロくんのワイルドをサポートするにも無理をしなくて済むというか、やりやすさはあると思う。だから、稽古がもっと進めば今回初めましての(アルフレッド役の)康ちゃんとも、それぐらい…「康平ってこういう子だよね」っていうのがわかるぐらいになれれば、その時はすごい楽な3人になると思います。そこは少人数の作品の利点でもあるよね。大所帯のカンパニーだとどうしてもまず「みんなどんな人なんだろう?」から始まるから。
廣瀬:そうなんだよね。だからどこかの段階でその作業を諦めるしかない。自分はもともとコミュニケーション能力が高い人間じゃないんで、座組が大きくなればなるほど、より絡む人がどんどん制限されちゃう。
平間:周りと馴染もうとやっている間に演出家とのコミュニケーションの時間が取れなくなってたりとか、あるしね。でも3人はもうみんなでじっくり話すしかないぞっていう人数なんで。少人数のミュージカル、僕も好きですよ。
──演出の根本さんとはどんなやりとりをされていますか?
廣瀬:ワイルドは小説家で、根本さんも作家ですよね。なので僕は根本さんが作家目線でお話ししてくれることに「ああなるほど」って思うことが多いです。例えば、結構肝なところなんですけど、ワイルドはいわゆる社会の不満を芸術に落とし込んで転化して小説として出していってたのが、現実世界でドリアンそっくりなボジーと出会い、本当の意味で自分が追い求めてる「美」っていうものが創作活動ではなく現実で経験できるんだったら、もう自分の芸術で消化しなくてもいいんじゃないか、と思ってしまうんですよね。
──「書く」ではなく「経験」でいい、と。
廣瀬:自分の気持ちの矢印がちょっとそっちに向いていて、それを感じ取ってるロスとの会話について、ワイルドはどういう気持ちでセリフを言ってるんだろうと思い、根本さんに聞いたんです。「作家としてそういう出来事に出会ってしまったら、根本さんならどうします?」って。そうしたら「私だったらもう書きたくなくなる」って。ああそうなんだ、面白い意見だなぁって思ったり。
──ひとつリアルなヒントが生まれるんですね。
平間:僕は今回のお仕事をお受けした理由のひとつに根本さんと同い年っていうのがあって…なんか、この出会いが自分もそういうことをやれるようになるきっかけにもなればいいな、みたいにも思ってるんです。そんなこともあって根本さんのことをよく見てるんですけど、やっぱりすごいなって思いますね。芝居もやってる方だから、自分が演じてるときにちょっと抜け落ちてるというか、どういう意味かまだ答えが出てないままとりあえずセリフだけ覚えて出してるってところとかをすぐ指摘してくれて、「あ、バレてる」と。今稽古場で言ってもらってるところは全部、そういうところなんですよ。「根本さん、全部わかってますね」って言ったら、「うん、わかりやすいです」って言われて(笑)。稽古序盤ということもありますけど、本当に自分で訳わからず言ってるだけのときとかもあるんで、そこはもうすぐ突かれる。その度に「ああ、俺はずっとヒロくんのことも康ちゃんのことも見てるけど、そういうとこ、気づけないな」みたいな気持ちになります。
──それこそが現場ならではの気づき、学びでもあって。
平間:そうですね。あと根本さんって本当に親切というか、俳優ともスタッフさんともしっかりと向き合っていて、尊敬心とかもちゃんとあって。だからみんながついて行きたくなる人なんだなって思うんです。そういうこと全部が勉強になってます。
「美」は難しい
──稽古はここからさらに本番へ向けギアが上がっていくことと思います。お客さまにはどんなところを楽しみにしていて欲しいですか?
廣瀬:なにせ韓国ミュージカルなんで、曲がね。
平間:かっこいい。
廣瀬:そう。すごいいい曲ばっかりなんだけど、やるほうとしてはまぁ難しいんですよ。
平間:三拍子まみれ!
廣瀬:三拍子、嫌いとは言えないけど…嫌いなんです。ハハハッ(笑)。ひたすら挑戦ですね。
平間:ホントにそう。で、すごい感情がバーッてなってるシーンでも、曲が美しいから、そこにちょっとブレーキかかる感とかがあったりするんです。言葉では「ウゥーッ」て言ってるのに、感触としては「フ〜」っていう。そういうところがまた「美」を意識してるからこその表現、「あ、怒り方も“美”じゃないといけないのかな」とか、いろいろ考えさせられています。
──「芸術」や「美」は発信側の感度や思いが強すぎると、時に他人の目には紙一重で滑稽に映ってしまうこともあり…
廣瀬:そこもね、この作品の音楽の持っている雰囲気っていうのが、間違いなく意図としてあるんでしょうね。その滑稽さみたいなものも含めた「美」を観客に認めさせてしまうような。…難しいよね、「美」って。その人の感性だからなぁ。
平間:はい。「美」は難しいです。
──「美」は本作の核。そんな、感性が刺激される作品の“日本初演”の幕開けを心待ちにしている方々へ、最後にメッセージをお願いします。
平間:小説読んで来てね。あの、韓国版では(オスカー・ワイルドの小説の舞台化)『ドリアン・グレイの肖像』が先に演目としてあって、その後にミュージカル『ワイルド・グレイ』が上演されたというのが、すごいわかりやすかったらしいんです。「あれを書いた人が、実際にその登場人物のような子に出会ってしまった」みたいな流れが。だからみなさんも、できれば、で全然いいんですが、観劇前に『ドリアン・グレイの肖像』を読んでもらったほうがよりこの物語が楽しめるかもしれません。もちろん、読んでいなくても楽しんでいただけるように頑張ります!
廣瀬:なるほど。じゃあ僕からは…「健康に気をつけてください」。健康で劇場でお会いできたら嬉しいです。みなさんも、我々も。
平間:それは間違いない。はい、我々も健康に気をつけましょう(笑)。あと僕は楽屋の鏡前にヒロくんからもらったヒロくんのアクスタを立てて、本番中毎日「ワイルド、今日も頑張ろうね」ってやろうと思います。
廣瀬:いいね。じゃあ僕にも頂戴、壮ちゃんのアクスタ。
平間:ハハハハッ(笑)
作品名 | ミュージカル『ワイルド・グレイ』 |
期間 | 2025年1月8日(水)~1月26日(日)[全29公演] |
会場 | 新国立劇場 小劇場 座席表 |
チケット料金 | チケット好評販売中! ・S席:10,500円 ・バルコニー席:8,500円 ・Yシート:2,000円 ※販売終了 ・U-25:7,000円 (全席指定・税込) |
ツアー公演 | 名古屋、大阪、高崎 |
作品HP | https://horipro-stage.jp/stage/wildgrey2025/ |