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宮崎駿監督の傑作アニメ『未来少年コナン』を、世界的に活躍するインバル・ピントが舞台化。演出・振付・美術をインバルが、演出をダビッド・マンブッフが手がける。数日のプレ稽古を経たのち、本格的な稽古が開始されてから約10日。この日は謎の男こと、ラオ博士率いるサルベージ船(=インダストリア郊外にある、沈没した船を引き上げるクレーン船)のシーンから稽古がスタートした。
(取材・文:野上瑠美子/撮影:田中亜紀)
サルベージ船を取り仕切るのは、椎名桔平演じるラオ博士。圧倒的な求心力を誇るラオ博士なだけに、抜群の存在感が光る椎名はハマり役と言える。そして厳しいルールのもと、過酷な労働の日々を送るのがサルベージ船の作業員たち。アニメでは背景のように描かれるそんな日常のシーンも、インバルの手にかかれば一気にエンターテインメントに変わってしまう。単調なサルベージ船での作業を、連続するさまざまな動きによって表現。しかも単にコミカルなだけでなく、作業のハードさもしっかりと伝わってくる。それが出来るのは、多くのインバル作品を支えてきた、経験豊富なダンサー陣の身体あってこそだ。
ラオ博士の手によって、サルベージ船へと連れて来られたのがコナンとラナ。辛い労働を強いられるも、数々の試練を乗り越えてきたふたりにとっては、その固い信頼をより強固なものにする時間となっていく。コナンを演じるのは、近年舞台での活躍も目覚ましい加藤清史郎。実は身体能力が非常に高く、超人的なコナンの動きも楽々とこなしていく。そしてどんなに過酷な状況であろうとも、ラナに向ける眼差しはいつだって優しい。ラナを演じるのは、昨年「日向坂46」を卒業した影山優佳。一見ひ弱そうでいて、瞳の奥や言葉尻から感じる芯の強さは、まさにラナそのものと言える。
まだまだ序盤なだけに、稽古の中心となるのは役者の動きやミザンス(立ち位置)の確認。この日何度も繰り返されていたのは、海底に閉じ込められたラオ博士をコナンが助けるシーンだ。サルベージ船が浮かぶのは海の上。つまり加藤と椎名には、水の中ならではの動きを求められることになる。わずかな上下の動きからわかるのは、ふたりが水面に浮かんでいるということ。ラオ博士をサルベージ船に引っ張り上げる際には、どんなに怪力のコナンでも、水の抵抗を受けながら大人ひとりを引き上げるのは相当なものであることが、加藤の力のこもった演技から感じられる。また浮かび上がった椎名の体からは、ずっしりと水の重みが伝わるも、本番用の潜水服の衣裳を着用した状態でもその動きが可能なのか。実際には何秒かのシーンだが、インバル、ダビッド共にセットに上がり、どう動き、どう見せるのが最適か、何度も繰り返し妥協せずに探っていく。
そういったインバル、ダビッド、キャスト、ダンサーによるディスカッションは、稽古中多くの場面で見られた。時にはインバルとダンサー陣、ダビッドとキャスト陣が話し合い、しばらくするとそのふたつの輪が徐々に交わっていく。しかもそこに経験や年齢の差はなく、皆が垣根なく意見を出し合う。非常に風通しのいいカンパニーであることが、そんな一面からもうかがえる。
続いて行われたのは、救出されたラオ博士がラナと久しぶりに再会するシーン。感動の対面のあと、ラオに感謝の言葉をかけられたコナンは恥ずかしそうに笑うのだが、ここまではアニメそのもの。しかしそこでインバルから、「足の指を上げてみて」のひと言が。加藤が足の指をいっぱいに広げ、浮かせて見せると、まさにコナンのどぎまぎした感情がこちらにも伝わってくるように。続けて「ワクワクしたり、なにか心が動いた時にはそうしてみて」とインバル。舞台らしいわかりやすさに、コナンらしさも加わった、ぴったりのアイデアと言えるだろう。
地殻変動の秘密を知る重要人物であるラオ博士は、コナンたちと共にサルベージ船からの脱出を決める。そんな彼らの前に立ちはだかったのが、ラオ博士を追うインダストリアの兵士モンスリー。演じる門脇麦には、その場の空気をガラッと変えてしまえる独特の強さがある。モンスリーと言えばインダストリアを下支えし、コナンたちとは敵対する役どころ。ここはそんな彼女の変化が見られる、重要なシーンでもある。モンスリーが幼少期を振り返るシーンなのだが、アニメではまだ少女だったモンスリーが、大変動に直面した時の情景がそのまま描かれる。愛犬ムクとの幸せな時間が一変した、大変動の恐怖が。だが舞台での見せ方はやはりひと味違う。まずは門脇のひとり語りでグッと引きつけ、さらに少女時代のモンスリーを象徴する、麦わら帽子をかぶったダンサー陣を加えての歌へ。彼女の絶望を多層的に表現した、忘れがたいシーンとなるはずだ。
さらに稽古場で忘れてはならないのが、音楽を手がける阿部海太郎の存在。近年では連続テレビ小説「らんまん」の音楽でも注目され、インバルとのタッグは2013年の『100万回生きたねこ』よりすでに4度目、まさにインバルの世界を知り尽くしている音楽家のひとりと言えるだろう。阿部が作り出すのは、いわば舞台上で鳴る音のすべて。例えば地球の異変に気づいた蛾の大群は不穏なオルガンの音色で、大地震の振動はミニピアノ自体を揺らして表現。ライブ感をもって生み出される阿部の音が、インバルの世界をより深遠で豊かなものにしていることは間違いない。
この日の稽古では残念ながら登場シーンはなかったが、コナンの仲間であるジムシー(成河)や、愛嬌たっぷりの船長・ダイス(宮尾俊太郎)、宮崎作品の中でも印象深いヒールのひとりであるレプカ(今井朋彦)など、まだまだ個性的なキャラクターは多い。さらに美術、照明、音響といったものが混在一体となり、総合芸術の名にふさわしいエンターテインメントを提供してくれるのがインバルの舞台。その完成形を劇場で堪能出来る日が、今から楽しみでならない。
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公演概要
期間 | 2024年5月28日(火)~6月16日(日) |
会場 | 東京芸術劇場 プレイハウス ▼座席表 |
チケット料金 | チケット絶賛販売中! S席:平日11,000円/土日11,800円 サイドシート:平日・土日共通9,000円 (全席指定・税込) 【期間限定販売】 U-25:6,500円(25歳以下対象チケット) 高校生以下:1,000円 ※東京芸術劇場ボックスオフィスWEBにて前売りのみ取り扱い |
公演詳細 | https://horipro-stage.jp/stage/fbconan2024/ |