特集・インタビュー

脚本・演出 瀬戸山美咲インタビュー「静と動がうまく融合できたら」/ミュージカル『ある男』

平野啓一郎による同名長編小説をミュージカル化した、ミュージカル『ある男』が2025年8月4日(月)〜17日(日)まで、東京建物 Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場)で開幕する。

今回、本作の脚本・演出を務める瀬戸山美咲にインタビュー。脚本化する際の“苦労”や、演出面で心掛けたこと、稽古場での印象的なエピソード、そして自身の演劇の原点などを聞いた。

(取材・文:五月女菜穂、撮影:田中亜紀)

▼稽古場披露映像

01  改稿やディスカッションを重ねて、初演を立ち上げる
02  浦井健治さんの“集中力”、小池徹平さんの“大切にしている軸”
03  「価値観を揺さぶられる瞬間が好き」


改稿やディスカッションを重ねて、初演を立ち上げる

――開幕まで残りわずかですが、稽古の状況はいかがですか。
やはり初演のミュージカルなので、試行錯誤の繰り返しではありますが、すでに何度か通し稽古を終えています。通すことで見えることもたくさんあるので、通すたびにどんどん凝縮された芝居になって、作品の方向性が定まっていって……確実にいい作品が出来上がっているという手応えがあります。ここからバンドが入ったら、またグッと見え方も変わってくるでしょうから、楽しみですね。

――平野啓一郎さんの小説を原作としたミュージカル。脚本を書く際に1番心がけたことは?
私はストレートプレイの台本や、海外のミュージカルの日本版上演台本を書いたことはあるのですが、ミュージカルの台本を書くのは初めてです。 最初に書いたものはストレートプレイに近い台本だったと思いますが、そこから全体の構成を考えつつ、“歌う理由”を見出しながら、書き直していきました。原作が、どちらかといえば「静」の作品なので、そこにどれだけいろいろなバリエーションの音楽を取り入れていけるかを考えました。原作にある多様な感情や人の妄想の部分を、ミュージカルとして膨らませていったイメージです。

――土台となる脚本を書かれて、そこにジェイソン・ハウランドさんの音楽が加わっていったのですね。

そうですね。最初に私が書いた歌詞のたたき台に対してジェイソンがすごく大胆な作曲をしてきてくれて。「ここでこの曲!?」みたいなこともあって、それで逆にイメージが広がりましたね。これこそ日米で文化が違う人と一緒に作っていることの面白さだなと思いました。彼の音楽に引っ張っていってもらう形で改稿を重ねていきました。

――ちなみに、「ここでこの曲!?」と思われた曲を明かせる範囲で教えてください。

小見浦憲男という登場人物がいまして。戸籍交換ブローカーなんですが、ジェイソンから章良の妄想の中ではファンキーでぶっとんだキャラクターとして描くのはどうだという提案がありました。彼の「♪交換しましょ」という楽曲は、ダンスシーンも相まってとても華やかで、稽古場にいるみんなが盛り上がります。なかなかあんな鹿賀(丈史)さんの姿は見られないと思います(笑)

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小見浦憲男役:鹿賀丈史

――逆に瀬戸山さんからジェイソンさんへのオーダーはあったのですか?

私自身は最初に本を書いて提示しているので、どちらかといえばジェイソンからいろいろ問いかけをもらいました。「これはどうしてこうなっているんだ?」「なぜここで歌うんだ?」と。

原作小説は、読んでいたらじわじわと感情が積み重なっていくような作品。それが小説の魅力でもありつつも、ミュージカルにする上では、主人公が何に動かされて、何を求めて、どんな障害があってと、ストーリーを見えやすい形にする必要があります。原作では実際には出会わない登場人物同士を出会わせたり、原作には描かれていないことを描いたりして、主人公たちの行動の流れをシンプルに見せるようにしていきました。

ジェイソンが常に問いかけてくれたおかげで、私自身、何度も悩んで、考えていくことができた気がしますし、歌詞の高橋知伽江さん、音楽補の村井一帆さんらも交えて本当に何回も何回もミーティングを重ねてきました。昨年12月にワークショップを行ったのですが、それまでに第5稿ぐらい書き直して、今年4月にもワークショップをして、それからもまた改稿を重ねて……結局今の脚本は第20稿ぐらいになっている気がします。構成を大きく変えたり、歌を新たに追加したり、本当に山あり谷あり山あり(笑)でした。


――練られた脚本が楽しみです。稽古場でのエピソードも伺いたいです。どんなことが印象的でしたか?
印象的なことが多すぎますが、俳優さんも一緒により良い作品にしようと取り組んでくださったことが1番ですね。例えば、最後の最後まで歌詞が固まらない曲があったのですが、俳優さん自身もいろいろ案を出してくださいました。作品をみんなで作り上げていった感覚がありますね。

俳優さんはそれぞれの取り組み方をされていますが、今回特徴的なのはアンサンブルキャストのメンバーが全編に渡って大きな意味を持って登場し、また、主人公の章良を導く存在として、ダンサーとしても活躍する碓井菜央さんと宮河愛一郎さんに出ていただいています。振付の松田尚子さんが素晴らしいステージングをつけてくださっているのですが、役同士でもどう関わっていくか、転換はどうしたらいいか。皆さんいろいろとアイデアを出してくださっています。

1幕の稽古が終わって、2幕の本読みをした後に、稽古場でクリエイター陣でブラッシュアップのための会議をしていたんですね。そうしたらメインキャストの一部もキャスト同士でディスカッションをしていて。せっかくなら一緒にやりましょうかとなって、みんなで作品について改めてじっくり話しました。全員でのディスカッションではなかったですが、その話し合いを経たことで作品の方向性がより明確になったかなと思います。

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中央左より)ある男・X役:小池徹平、城戸章良役:浦井健治


――ホリプロはこれまでも原作からミュージカルを立ち上げるクリエイションを行ってきましたから、確かに初演は大変だけれども、過去の経験や知見が息づいているのかもしれませんね。
そうですね。私は今までのクリエイションのことは分かりませんが、皆さんが「初演を作るのはこういうこと」というのを分かっていらっしゃるので、三歩進んで二歩下がるような地道な作業を楽しみながらやってくださっている気がしています。

浦井健治さんの“集中力”、小池徹平さんの“大切にしている軸”

――瀬戸山さんから、浦井さんと小池さんはどう見えていますか?
浦井さんは直前まで別作品に出演されていたので、稽古もその作品と行き来しながらで、多分やりづらい部分もあったと思うんです。ほとんど出ずっぱりですし、本当に大変だったと思うんですけど、しっかり歌もセリフも入れてきてくださって。全員と関わる役なので、関係性を築く時間も他のキャストより少なかったかもしれないですが、ものすごい集中力で稽古に取り組んでくださって、みんなについていこう、みんなも浦井さんについていこうという空気になっています。

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城戸章良役:浦井健治

小池さんの役はとても複雑な役で、なおかつその複雑なXという役のいろいろな姿が描かれているんですね。章良の妄想の中のXだったり、現実のXだったり。しかも、現実のXも大幅に時間軸が違ったりするし、妄想のXも不気味な存在として出てくるときもあれば、コミカルに出てくるときもあるという、いろいろな色合いがある役なんです。

その中で小池さんは、この役が抱えている“生きづらさ”みたいなものをちゃんと表現できているかを1番気にしてくださっていて。それが表現できているかを質問してくださいますし、その軸を持った上でいろいろな出方を模索してくださっているように感じます。役に真摯に向き合ってくださっています。

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ある男・X役:小池徹平


――演出面ではどうでしょうか。どんな点を1番心がけていらっしゃるのですか。
演出面でも、まずは章良という主人公の感情の流れを分かりやすく見せていくことを考えています。そのためにアンサンブルキャストの表現にこだわっていて、アンサンブルさんがXサイド、碓井さんと宮河さんのダンサー2人が章良サイドに置き、それぞれの感情を増幅させるようにしています。

また、これは脚本でも関わってくることですが、人と人がぶつかり合うシーンをはっきりと描いています。原作にも人の感情がぶつかり合うシーンがありますが、複雑なものを複雑に描いていて、行間から言外の感情を浮かび上がらせる会話が多いと思います。今回のミュージカルでは、音楽の力も使って、激しくぶつかりあうシーンは激しく見せています。全体としては結構重たいものをお渡しするような、でもちゃんと救いもあるような、そんな作品になっているかなと思います。

舞台装置は木をモチーフにしたナチュラルな雰囲気の装置。お客様の脳内でどんどん想像を広げていってもらえるような演出ができたらいいなと思っています。

――原作の「静」の部分と、ジェイソンさんの音楽をはじめとする「動」の部分がうまく融合した作品になりそうですね。

はい、そこを目指しています。原作の持っている機微を活かしながらも、やはりできる限り大胆な表現をしたいと思っています。すごく派手な転換があるわけではなくて、ちょっとした椅子の角度で表現するといった細部にこだわりつつ、音楽では大きく飛躍する。その辺りのバランスを取りながら演出しています。

「価値観を揺さぶられる瞬間が好き」

――瀬戸山さんご自身のことも伺いたいです。なぜ演劇を始めたのですか?原点を教えてください。

原点は、高校1年生ぐらいのときに観たつかこうへいさんのお芝居でした。もともと演劇は好きで、中学生ぐらいから小劇場を観に行っていたんですけど、つかさんの芝居には衝撃を受けました。差別など社会的なことを描いているけど、演出はぶっ飛んでいて、本当に味わったことのない感覚に陥ったんですね。

そこから演劇をやりたいと思い続けて、実際にやり始めたのは大学4年生のとき。つかさんの劇団の音響のお手伝いをしたことが始まりでした。自分で脚本を書いたのは、大学を卒業して2年目ぐらいのとき。自分で書いたものを演出してみたいと思い、2001年に劇団を始めました。演劇の大学を出たわけでも、養成所に通っていたわけでもなかったので、知り合いがおらず、身近な友達に声をかけて始めました。やり方がよく分からないまま走り続けて、友達も演劇を辞めていったんですけど、10年ぐらい経った頃に長く付き合っていけそうな仲間たちに出会い始めて、今に至ります。

――脚本家、演出家としても、いち観客としても、演劇の何に惹かれていますか。

自分の価値観が大きく揺さぶられる瞬間があるからでしょうね。最初につかさんの芝居を観たときに感じたことに通じますが、分からないものに出会える感覚が、演劇を好きになった大きな理由だったと思います。また、俳優の呼吸や身体表現も含めて、体感することも演劇の魅力。映像ではない、身体が刺激される感じが好きですね。


――その中でもミュージカルの魅力は何ですか?

今回の『ある男』もそうであってほしいですけれど……(笑)、ミュージカルはめちゃくちゃ興奮すると言いますか、身体の細胞が刺激されるんですよね。私は音楽も好きで、ライブもよく行くんですが、音楽と演劇が融合しているなんて、夢のようで!ストーリー性もあるけど、熱狂できる体に響く音楽があるところがすごく面白いですね。

ミュージカルって、ある種すごく前衛的。大きな飛躍があり、独自の様式美がある。ミュージカルの“型”は奥深く、これからもっと勉強していきたいと思います。

――最後に観劇を楽しみにしているみなさんに一言お願いします!

ミュージカルがお好きな方にはもちろん、すごく楽んでいただける要素がたくさんあります。ミュージカルでしかできない大胆な表現とストレートプレイ的な感情の機微に迫っていくシーンのコントラストを楽しんでいただけると思います。

逆にミュージカルをあまりご覧になったことがない方やストレートプレイをご覧になることが多い方も、観やすい作品だと思います。「こういうストーリーがこういう風にミュージカルになるんだ」と新鮮な驚きを感じていただけたら嬉しいです。

また、初めて舞台芸術をご覧になる方も、時間や空間を超えて人々が出会うような、舞台ならではの面白さを感じていただけると思います。主人公の章良の旅に同行するような、ロードムービーのような空気感もある作品です。事前に原作を読んでいても、いなくても楽しんでいただけると思います。劇場でお待ちしています。


▼稽古場披露レポート公開中!



愛した人は、まったくの別人だった――。平野啓一郎の傑作小説が、ブロードウェイ作曲家による音楽と出会い、心を深く揺さぶるミュージカルに。浦井健治、小池徹平ら実力派キャストが、壮大で繊細な人間ドラマを描き出す。いま劇場で暴かれる、愛と記憶の真実。


作品名ミュージカル『ある男』
日程2025年8月4日(月)~8月17日(日)[全20公演]
会場会場:東京建物 Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場)
座席表>>
上演時間1幕60分/休憩20分/2幕65分(計2時間25分)予定
チケット情報チケット絶賛販売中!

1階S席:平日15,000円/土日祝15,500円
2階S席:平日14,000円/土日祝14,500円
A席:平日9,500円/土日祝10,000円
B席:平日7,000円/土日祝7,500円*
Yシート(20歳以下当日引換券):2,000円(5月19日~5月25日販売)*
*=ホリプロステージのみ取扱

注釈付1階S席:平日14,700円/土日祝15,200円※注釈付1階S席はステージの一部が見えにくい可能性があるお席です。予めご了承ください。
 
U-25(25歳以下当日引換券):7,500円
※8月10日(日)12:30ホリプロステージ会員・鹿賀丈史FC・濱田めぐみFC合同貸切公演限定
 
<ある男ラッシュチケット 当日引換券>
詳細はこちらをご確認ください>> 
チケットに関するお問合せホリプロチケットセンター 03-3490-4949
(平日11:00~18:00/定休日 土・日・祝)
作品HPhttps://horipro-stage.jp/stage/aman2025/

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