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【対談】高橋知伽江(脚本&歌詞)×梶山裕三(プロデューサー)ミュージカル『生きる』のこれまでとこれから
  • インタビュー

ミュージカル『生きる』が2023年9月7日から東京・新国立劇場 中劇場で開幕する。

黒澤明監督が1952年に発表した映画「生きる」を原作とした、オリジナルミュージカル。2018年にワールドプレミアとして上演され、「国産ミュージカルの記念碑的力作」と絶賛を受けた。好評を受け、2020年に再演、そして今年、待望の3度目の上演を果たす。

この度、脚本&歌詞の高橋知伽江と、演劇プロデューサーの梶山裕三にインタビュー。『生きる』の創作の過程や、日本のオリジナルミュージカルの現状などを語ってもらった。

(取材・文:五月女菜穂)

01  「苦しかったけど、楽しかった」
02  3回目の上演。より緻密な仕上がりに
03  時間をかけて、長く残る作品を

「苦しかったけど、楽しかった」

梶山:そもそも僕が最初にオファーしたときは、知伽江さんにお断りされたんです。覚えていますか?

高橋:そうでしたね。ちょうど東野圭吾さんの『手紙』をオリジナルミュージカルにした直後で、最初は躊躇いました。翻訳ものは経験があったけれど、アメリカ人の作曲家と一緒に日本語のオリジナル作品をつくることができるのか、少し不安だったんです。

梶山:それを聞いて、僕は一度(作曲家の)ジェイソン・ハウランドに会ってから決めてほしいとお願いして。それで知伽江さんと一緒に韓国に行って、ジェイソンに会ってもらったんです。

彼には『デスノート THE MUSICAL』の音楽監督をしてもらったことがありますが、「ブロードウェイではこうする」などと米国の価値観を押し付けることはないし、いつも僕らと同じ目線で作品を作ってくれる素晴らしい人。どこか日本的な感覚も持ち合わせているし、何よりミュージカルを愛しているから、知伽江さんとは絶対に意気投合できると思っていたんです。

それが2016年のこと。無事に知伽江さんからもOKをいただいて、『生きる』のミュージカル化が動き出したわけですが、簡単な道のりではなかったですよね。

高橋:そうですね。でも彼の音楽に導かれて、このミュージカルはできたと思うし、 ジェイソンから学んだことは本当に大きかったですね。ジェイソンはもう演出家になったらどうでしょうというぐらい、全体を見てくれていますよね。

2015年上演『デスノート THE MUSICAL』(C)大場つぐみ・小畑健/集英社

梶山:なぜここで歌うのか?キャストが歌うモチベーションは何か?それをジェイソンは徹底的に突き詰めますよね。それがクリアにならないなら、歌うべきではないとも言う。それゆえに楽曲のバランスについて話す時間がとても長かったと記憶していますが、主人公の渡辺勘治がどこで死ぬのがいいのかも同じぐらい考えましたよね?

高橋:すごく試行錯誤しましたね。原作で言うと、渡辺勘治は2幕頭ぐらいで死んじゃうわけですが、一番最後に死ぬパターンなんかもありましたよね。

梶山:逆に葬式から始めるパターンもありました。ありとあらゆる可能性を否定せず、検証して、練りに練って、今の形に落ち着きましたけど。

初演の稽古場に入る1ヶ月前は、(演出家の宮本)亞門さんも交えて、知伽江さんとジェイソンと僕で打ち合わせをたくさんしましたし、稽古に入ってからもいろいろと変更がありましたよね。多分、知伽江さんは10稿以上書き直したのでは?

高橋:そうですね。稽古が終わって、その後に打ち合わせがあって、家で本を書き直して、寝て、朝に亞門さんから電話があって、また直して……。制作の人は台本変更部分のコピーばかりしていた気がします(笑)

梶山:新作でしたので、宣伝のために稽古場にお客さんを招待して、何曲か披露したんです。でもそこで歌った曲が、本番では全く違う曲に代わってました(笑)。公園ができたと主婦が喜んで歌う曲なんですけど、稽古終盤で亞門さんから、「もっと大きな曲にできないか、自分たちの夢が叶ったという歌に」と提案があり、話し合った結果、ジェイソンさんが曲を書き直してくれたんです。

高橋:あの曲には3種類ぐらい歌詞を書きました。

梶山:それと、僕はラストの「青空に祈った」という曲の知伽江さんが書いた歌詞を見たときに、これは絶対素晴らしい作品になると思った。「ゴンドラの唄」というイメージが強くある作品をミュージカル化する意味がここにあると。あれは結構迷って書いたんですか?

高橋:あれはね、一瞬でした。あの流れしかないなと。

梶山:さすがですねぇ。知伽江さんとジェイソンさんと亞門さんがプロ意識を持って作品を作り上げていったと思うし、そこに市村(正親)さんや鹿賀(丈史)さんらキャストからのアイディアも加わって、本当に奇跡みたいな初日になったと思うんです。たくさん話し合ってもうまくいくとは限りませんから、オリジナルって。

高橋:そうですね。あ、すごいものができたなと思ったのは舞台稽古でしたね。それまではとにかく大変でした。役者さんもいろいろ変わるから大変だったと思います。

梶山:このせりふ覚えていいの?覚えない方がいいの?とか言われたりして(笑)。

高橋:そう。でもそのうち「あんたたちがそこまでやるなら付き合ってやるよ」みたいな感じになりましたよね。

2020年上演ミュージカル『生きる』撮影:引地信彦

ーー初演のパンフレットで高橋さんは「2年を超える創作期間はきついフルマラソンのようでしたが、ミュージカルを知り尽くした作曲家と演出家、そしてプロデューサーがつねに伴奏して、知恵と励ましをくれました。本当に恵まれた環境で取り組めたこと、ただただ感謝しています」とコメントされています。

高橋:本当にそうでした。ずっと走り続けていた感覚があります。でもね、苦しかったけど、楽しかったですよ。

梶山:そうですね。それに幕が開いてからの評判がとてもよかったんですよね。開幕後1週間ぐらいから、もうどんどんチケットの申し込みが相次ぎ、男性の方が1人で当日券を買い求める姿もたくさん見かけました。

高橋:年配のご夫婦も多かったですよね。私の知人でも初演を見て、涙ながらに電話をくれた人がいます。

梶山:開幕後に口コミが広がったんだと思います。演劇を観る客層が広がった気がして、純粋に嬉しかったです。また、再演時は地方公演もあったんですけど、 それもすごく喜ばれて。いつまでも上演され続けてほしいと思う作品の一つです。

3回目の上演。より緻密な仕上がりに

ーー今回で3回目の上演です。稽古場をご覧になられて、いかがでしたか?

高橋:新しいキャストの味を生かしながら、亞門さんが緻密に緻密に作ってくださっています。この作品、一見悲劇じゃないですか。男が胃癌になって死んでいく話だから。でも、そこにユーモアをいっぱい入れている。真面目にやっているんだけど、そこがおかしい。チェーホフ的ですけど、 その面白さが細やかに詰め込まれているなと思いました。

初演はとにかく幕を開けるまでが大変でしたが、再演を経て、今回は荒削りだった部分をさらに細かく仕上げている。これがオリジナルの面白さですよね。やる度に変えていけるから。

梶山:再演で光男のソロが加わりましたが、今回はもう曲は増えないと思います(笑)でもジェイソンさんが稽古場に来て新キャストに会ったら「この音、出る?」とか言いながら新しい曲書いちゃうかもしれませんけどね(笑)。それはそれで受けて立つようなメンバーですが。

……しかし、メインキャストのほとんどが新しくなっているのに、しっくり来ているのはなぜなんだろう。やはり市村さんと鹿賀さんの存在感なのか。それとも初演から出演してくださっているアンサンブルの皆さんがいい空気を作ってくれているのか。

高橋:両方あるでしょうね。アンサンブルも頼りがいがあります。

時間をかけて、長く残る作品を

ーー近年、日本発のオリジナルミュージカルが増えてきました。お二人は日本のオリジナルミュージカルの現状をどうご覧になっていますか?

梶山:今を語ることはとても難しいんですけれども、単純に数が増えるのは嬉しいですね。オリジナルミュージカルであることはもう珍しくない。これだけの人が目指すのだから、日本から世界に行く作品が出たっておかしくないので勇気づけられます。

それと同時に、30年後、50年後の世界でも通じるテーマ性をやはり探さないと。世界に行くのはすごく時間がかかるから、世界が変わっても観てもらえる作品を作っていかないといけないわけです。題材選びの難しさは感じますよね。

少し前は、オリジナルは珍しいというだけで観にきてくれましたけど、今は珍しさだけではダメ。この先もまた見たいものを生み出したいとずっと思っています。

高橋:あっという間ですね。2016年に『手紙』の初演を上演したときは、まだオリジナルミュージカルを作るんだという人は珍しかったですよ。でも梶山さんが言う通り、今は何も珍しくないですよね。これはある意味、コロナの功罪だと思っています。輸入ものの上演がむずかしい時期だったから、オリジナルを創作しようというね。

とてもエネルギーがあるとは思うんですけど……俳優の層が厚くなっているのに対して、スタッフはもう少し数が増えてもいいのかなという気がします。

梶山:確かに脚本家や作曲家の数は全く足りていないと思いますよ。需要と供給が見合っていない気がします。

■ミュージカル『東京ラブストーリー』
作曲は『生きる』と同じくジェイソン・ハウランドが手掛けた。本作は、“恋愛の神様”と称される漫画家・柴門ふみが1988年に発表した漫画「東京ラブストーリー」を原作としたオリジナルミュージカル。91年にはフジテレビで放送されたドラマ版が大ヒットを記録した名作だ。
2022年上演オリジナルミュージカル『東京ラブストーリー』/撮影:田中亜紀
■ミュージカル『COLOR』
草木染作家・坪倉優介さんが自身の体験を綴った手記「記憶喪失になったぼくが見た世界」をベースにミュージカル化し、浦井健治、成河、濱田めぐみ、柚希礼音が出演するオリジナルミュージカル
2022年上演オリジナルミュージカル『COLOR』/撮影:田中亜紀


ーーやはりオリジナルミュージカルを作るのは大変だと思うのですが、翻訳ものよりもご自身のクリエイティビティが刺激されるものですか?

高橋:そうですね。翻訳ものの場合、 私の能力が低いからかもしれませんが、訳しきれない文化的なものがあるんですよ。ユダヤの問題とか、宗教の問題とか、人種の問題とか、階級の問題とか。 そういう「本当はこうだけども」というもどかしさを常に持っていたんです。

でもこれが日本語になるとそういうのが全然ない。『生きる』は歌詞の中に「漬物」とか「ズボンに寝押し」とか出てきますから。

梶山:そのストレスがないのは、いいですよね。大事なことじゃないですか?

高橋:演じている人もないし、観ている方もないと思います、多分。

梶山:確かに翻訳ものを観ていて、途中で「あれ?」と思っても、「あちらではウケるんだろうな」などと思いながら観ていますものね。そういう違和感はない方がいい。

何より、オリジナルを作るのは楽しいですよね。みんなが「自分たちの作品だ」と思ってくれる割合が絶対高いと思うんですよ、海外ものをやるよりも。

高橋:役者を含めてね。

梶山:そうそう。みんながいっぱいアイデアを出してくれる。本番中にロビーで立っていると、お客様が寄ってきて「ここはこうした方がいい」と言ってくださることも多くて。お客様も自分たちの作品として育てていこうとしてくださっているんだなと思うんです。

高橋:初演が開けた明けたばかりなのに「再演のときはこうしたら」と言われたりね(笑)。初演はなかなかパーフェクトにはいかないんですよ。

梶山:いかないです。それは世界中どこでもそうなのでは。

2020年上演ミュージカル『生きる』撮影:引地信彦

高橋:海外だとトライアウトをして、時間をおいて作り直して……ということがよくありますよね。私は『美女と野獣』のトライアウトをヒューストンに観に行きましたよ。

梶山:長い月日がかかることをしんどく思ってはダメだと思うんです。逆に言うと、会社もそれだけ長い時間がかかると分かってくれるといいんですけどね……「7年後に上演できます」と言っても、日本では企画は通らないでしょうから。

高橋:長くて3年といったところでしょうかね。『手紙』は開幕まで5年以上かかりました。もう時間がかかるのは仕方がないです。それまで、時間をかけて作ったものを今まで輸入してやってきたんですよ。向こうで評判を得て完成したものをやってきたわけですから。海外からすごく学ばせてもらってきたわけですから。

梶山:そうですね。ミュージカルはやはり海外で生まれたもの。極端なことを言えば、アメリカ人の方が歌舞伎をやるのと同じような感じで、翻訳もののミュージカルを日本で上演するためには、音楽の構成や歌詞のはめ方を相当練らないといけませんからね。時間をかけずにすぐにオリジナル作品ができるなんて、虫がよすぎますよね。

開幕してトニー賞とっても今どんどんクローズしている。これだけクローズすると絶対回収できてないから胸が痛いけど、 それでも彼らはまた4、5年後にカムバックしてくる。経済を考えたら一刻も早く離れたほうがいいですが(笑)やはり夢を売る仕事ですし、ものすごく魅力があるのでしょうね。ニューヨークでもそれだけ時間がかかっているのだから、僕らももっと時間をかけないといけないのかもしれない。本当は。

2020年上演ミュージカル『生きる』撮影:引地信彦

ーー改めてお客様にメッセージをお願いします!

梶山:オリジナルミュージカルはちょっと……という人もいるかもしれませんが、この『生きる』は初心者にも優しいし、とてもよくできている作品だと思います。これを観て、感情移入ができない人はあまりいないのでは?コロナ禍を経て、命との向き合い方も変わった今、どうお客様が受け取ってくださるのかが楽しみです。新国立劇場が涙に包まれることでしょう。

高橋:今回はね、本当に笑えると思います。ちょっと重たい題材だからといって躊躇っている方がいらっしゃるとしたら、 かなり笑えますよとお伝えしたい。笑いながら、最後は感動の涙にくれる。そういう作品になると思います。


Daiwa House presents

ミュージカル『生きる』

【東京公演】
期間:2023年9月7日(木)~9月24日(日)
会場:新国立劇場 中劇場

<チケット料金>
S席:14,000円/A席:9,800円(全席指定・税込)

座席表>> https://bit.ly/40eJAG3
キャストスケジュール>>https://bit.ly/3MMPivO

WOWOWにて特別番組 放送・配信中!

WOWOW特別番組「市村正親 × 鹿賀丈史 ミュージカル『生きる』~この時代を生きる~」(全2回)

出演:市村正親、鹿賀丈史、宮本亞門 ほか
内容:黒澤明監督の映画を世界で初めてミュージカル化した宮本亞門演出による話題作、ミュージカル『生きる』。市村正親と鹿賀丈史による3度目の上演となる本作の舞台裏に迫る。

【 #1】ホリプロステージYouTubeチャンネルにて公開中
https://youtu.be/D5wuJdoDtwE
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