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『ねじまき鳥クロニクル』稽古スタート!原作の精神を宿らせながら、未知の演劇作品へ進化する。インバル・ピント演出の魅力とは。
2019年12月27日(金)
取材・文/三浦真紀
■稽古開始!キャスト自身が自分の表現を探る
舞台『ねじまき鳥クロニクル』の稽古が始まり、見学する機会があった。あるシーンの動きをどうするか、演出・振付・美術のインバル・ピントと脚本・演出のアミール・クリガー、そしてキャスト全員が長机の周りに集まり、ワイワイと話し合っていた。あるキャストが椅子に座ったポーズをとり、周りのキャストが持ち上げて逆さにする、宇宙遊泳みたいにグルリと一回転させる、机を使ってスライドさせるなど、様々な方法が試みられていた。この稽古場では重力や人が二足歩行であること、人に形があることなど、“こうあるべき”という既成概念から解放される。「こうしたら?」「こんな方法もあるね」と一人ひとりがアイディアを出して、あれこれと実験する。そのゼロから作る過程が実に刺激的なのだ。この身体表現は単にアクロバティックな見せ場になるからやっているのではない。体の動き自体が台詞であり、その人の心情だったりもする。あらゆる表現で物語を伝える、演劇の奥深さを垣間見る思いだ。
■トオル役を二人で演じる!?
今秋に開催されたワークショップも興味深いものだった。まずびっくりしたのは、主人公のトオル役を成河と渡辺大知の二人で演じること。役替わりでもダブルキャストでもなく、二人で一人の人間を演じるという。一体どうやって役割を分けるのか?まだ謎だらけだが、例えば善と悪とか、完全な役割分担があるわけではないらしい。時には二人が合体して一人に見えたり、分身したり、一人がもう一人を操作したり、精神性や理屈では表せない何かを表現するなど。ここでも“こうあるべき”が通用しない。特にワークショップは実験の意味が強く、各自がどう表現できるかを、全員がアイディアを出し尽くす勢いで試していた。
振付の稽古というと、一般的には「振り写し」と呼ぶように、基本の振りをする人がいてその動きを模写するスタイルが多い。しかし、この現場では例として、「あれこれ脈絡なく思考し続けながら歩き回る人をやってみてください」などのテーマが出る。キャストはそのテーマを自分で考えて肉体で表現する。キャスト全員がアイディアの源であり、彼らの内から出たものが作品に生かされる。これまた実に演劇的ではないか。
ワークショップからクリエイションまで、インバルのこのカンパニーは時間をたっぷりかけて取り組んでいる。インバルによると、その前の構想と物語の構成に1年以上かかったとか。原作のエッセンスをギュっと絞って彼女のフィルターに通し、想像力を武器として、時間をかけて未知の演劇作品へと進化させてゆく。
■演出・振付から美術衣裳まで一貫した、インバルの脳内劇場
インバル・ピントはイスラエルの舞踊家、振付家。演出家、美術家でもある。1969年、イスラエル生まれ。13歳でダンスを始め、エルサレムのベツァルエル美術デザイン学校でグラフィックアートを学んだ。グラフィックデザイナーとして活動していた時期もある。ダンサーとしては、イスラエルを代表するダンスカンパニー・バットシェバ舞踊団の若手チームで訓練した後、バットシェバ舞踊団で活躍。90年から振付の仕事を始め、94年に自らのカンパニーを設立した。2000年には『Wrapped』で、ニューヨークで上演された優秀なダンス作品に贈られるニューヨーク・ダンス&パフォーマンス・アワード(ベッシー賞)を受賞し、一躍世界中から注目を浴びるようになった。オリジナルのダンス作品の創作はもちろんのこと、オペラや演劇にもクリエイターとして参加。世界中で活躍している。
稽古場でのインバルはキャストたちの稽古を見つつ、色鉛筆でスケッチを描いたり、紙粘土で小物を作る、塗るなど、演出席が美術工房みたいになることもしばしばだ。動かす手を止めて立ち上がったと思ったら、ダンサーのところに行って突然踊り出すこともある。彼女にとって、踊ることと絵を描く、モノを作ることは同列で、空気を吸うのと同じくらい当たり前なことに違いない。
ミュージカル『100万回生きたねこ』 インバル・ピント スケッチより
以前、インバルに取材している際に本の話になった。彼女は文字を読むとその場面が脳内で鮮明にビジュアル化されると言う。「すごいですね!」と反応すると、「え?みんなそうじゃないの?」と不思議そうな顔をした。インバルの作品世界はいわば彼女の脳内劇場と言えるだろう。まして振付・演出から衣裳・美術まで一貫して手がけることで、ブレがないというか、かなり緻密にその脳内が再現されるというわけだ。
■ファンタジックで不可思議な世界観
インバルの作品がいかに私たちの意表を突き、思いがけないものを見せてくれるか。それは実際に彼女の作品を観たことのある人だけが味わえる悦楽といえるだろう。
美しさ、可愛さと毒が同居する、ファンタジックで何とも不可思議な世界。筆者はインバルのカンパニーによる来日公演を何作か観てその世界観を知っていたが、『100万回生きたねこ』の初演時には心底驚いた。佐野洋子による有名絵本が原作となると、どうしても絵本をなぞったビジュアルが舞台を連想する。しかしインバルは全く新しい、彼女ならではの独自性で同作を演劇として昇華させていた。
ミュージカル『100万回生きたねこ』(2013年)
ミュージカル『100万回生きたねこ』(2013年)
また、百鬼オペラ『羅生門』は芥川龍之介の「羅生門」「藪の中」「蜘蛛の糸」「鼻」などの代表作と芥川の人生を絡ませ、女と男の業を一つの物語にまとめ上げた作品。インバルが芥川をどう表すのか全く予想がつかなかったが、この世のものとは思えない、醜さと美しさ、相反するものが同居する心象世界のような大人のファンタジーに仕上がっていた。普通、日本文学が原作というと、和がモチーフになりがちだが、『羅生門』は無国籍と言うか、インバルならではの独特な世界のもと、人間の情念が赤裸々に描かれた。
百鬼オペラ『羅生門』
特筆すべきは、視覚的、聴覚的には斬新で驚きに満ちたものでありながら、作品の芯には原作の精神がしっかり宿っていること。観客に大切な魂を手渡すかのように、大胆かつ繊細に物語が伝えられるのだ。
■人や生き物だけでなく、モノまで演じる
『100万回生きたねこ』の女の子はフワフワな金髪で、真っ赤な頰にそばかすが印象的。この子は自由気ままでやりたい放題。彼女が毛糸玉で遊んでいるうちにねこはぐるぐる巻きにされてしまう。ねこはねこで様々な生を経験しているだけあって、物事や人間を斜めに見ているフシがある。歴代の飼い主たちが、王妃の尻に敷かれた王様、人生の最終章にいる老婆、愉快な泥棒コンビ、意地悪なサーカスの動物使い、気の良い船乗りなど、これまた全員キャラの濃い風変わりな人ばかり。毒っ気と愛らしさ、切なさと辛辣さなど相反するものが共に内在する、いわば遊び心が豊かでキモカワ的なところがインバル作品らしい。
▼ミュージカル『100万回生きたねこ』舞台映像(2015年)
また、キャストはあらゆるものを演じる。人、動物などの生き物だけでなく。個人的にワクワクしたのは「家」。『100万回生きたねこ』で家々が舞台の奥から徐々に現れた時は、あまりに美しい情景に目を見張ったものだ。また『羅生門』のランプも何ともロマンチックで忘れられない。生き物の造形も最高で、『羅生門』の不気味な鳥、『100万回生きたねこ』のコミカルな魚など、人気を集めたキャラクターも多い。
百鬼オペラ『羅生門』
■アナログ感たっぷりのビジュアルと音楽
全体的にあたたかみを感じさせるのは、美術や衣裳、演出のアナログ感によるものだろう。衣裳や小道具、大道具はほぼオリジナルで作られていて、手仕事の良さが残っている。衣裳は手描きの絵が施されたり、オリジナルでテキスタイルを作ったりと、とても凝ったセンスの良いものばかり。帽子などの小物もチャーミングで、ブランドを立ち上げればいいのに!とファンとしては思ったり。
アナログ感といえば歌や音楽然り。キャストたちの歌が楽しめるほか、個性的なミュージシャンを集め、生演奏で作品を彩る。時には物語の中にキャラクターのように、ミュージシャンが登場することも。普段はソリストとして活躍するミュージシャンも多く参加、こんな贅沢は滅多にないだろう。
セットも普通の芝居なら背景でしかなかったりするが、インバルはそこに驚きを生み出す。こんなところから人が出てくるの?こんな物が動くの?と奇想天外な仕掛けがたっぷり。
そのためにキャストによってはフライングなど、かなりアクロバティックな動きに挑戦したりもする。『羅生門』でヒロインを演じた満島ひかりさんは、上演中のかなりの時間を「宙に浮いていた感じ」と言っていた。人ってこんな動きができるの?人のパーツってどうなっているの?という摩訶不思議な振付も多い。
百鬼オペラ『羅生門』
■村上春樹の人気小説が果たしてどうなる?
こうしてインバル作品を振り返ると、実に多くの衝撃と驚きを与えてくれたと思う。同時に、私たちが生きる上で、“こうあるべき”と既成概念に囚われる必要はないのだと教えてくれた気もする。
そんな彼女の次作が『ねじまき鳥クロニクル』。皆さんご存知、村上春樹の人気長編小説が原作だ。インバルのこと、また思いもよらない世界観で私たちをびっくりさせるに違いない。第一線のクリエイター陣が結集しているのも楽しみなところ。あれこれ書いたが、本当に感覚が研ぎ澄まされる作品なので、百聞は一見に如かず!生で感じてこそ演劇だ。劇場でぜひ体験してほしい。
ミュージカル『100万回生きたねこ』、百鬼オペラ『羅生門』舞台写真 撮影:渡部孝弘
『ねじまき鳥クロニクル』舞台見学付S席発売中!
終演後にイスラエルの奇才演出家 インバル・ピントが村上春樹の原作小説から着想を得た舞台美術を、スタッフの解説とともに間近でご覧いただけます。
ぜひこの機会をご利用下さい。
▼詳細はこちら
https://horipro-stage.jp/event/nejimaki20191218/
【公演概要】
原作:村上春樹
演出・振付・美術:インバル・ピント
脚本・演出:アミール・クリガー
脚本・演出:藤田貴大
音楽:大友良英
<演じる・歌う・踊る>
成河、渡辺大知、門脇 麦
大貫勇輔、徳永えり、松岡広大、成田亜佑美、さとうこうじ
吹越 満、銀粉蝶
<特に踊る>
大宮大奨、加賀谷一肇、川合ロン、笹本龍史
東海林靖志、鈴木美奈子、西山友貴、皆川まゆむ (50音順)
<演奏>
大友良英、イトケン、江川良子
■東京公演
日程:2020年2月11日(火・祝)~3月1日(日)
料金:S席 11,000円、サイドシート 8,500円(税込)
会場:東京芸術劇場プレイハウス
アフタートークあり
2月22日(土) 18:00成河、渡辺大知、門脇麦
2月23日(日) 18:00大貫勇輔、徳永えり、松岡広大
一般発売:2019 年 11 月 2 日(土)
※本公演のチケットは主催者の同意のない有償譲渡が禁止されています。
主催・企画制作:ホリプロ
助成:公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京
■大阪公演
日程:2020年3月7日(土)~3月8日(日)
3月7日(土)12:00/17:00
3月8日(日)12:00
料金:12,000円(全席指定・税込)
※未就学児入場不可
主催:梅田芸術劇場
お問い合わせ:梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
TEL: 06-6377-3888(10:00〜18:00)
■愛知公演
日程:2020年3月14日(土)~3月15日(日)
3月14日(土)13:00
3月15日(日)13:00
料金:S席12,000円、A席10,000円(全席指定・税込)
※未就学児入場不可
会場:愛知県芸術劇場大ホール
主催:メ~テレ、メ~テレ事業
お問い合せ:メ~テレ事業
TEL:052-331-9966(祝日を除く月-金10:00~18:00)
協力:新潮社
後援:イスラエル大使館