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【5/28から大阪公演】ミュージカル『マチルダ』座談会 ―作品ファンが語るロアルド・ダール作品の魅力
2023年5月8日(月)
2010年に英国ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーが製作するや、全世代に愛される作品になり13年にはブロードウェイに進出。ローレンス・オリヴィエ賞で過去最多の7部門、トニー賞で5部門を受賞した超人気ミュージカル『マチルダ』。その原作「マチルダは小さな大天才」と、先日日本初演が発表された『チャーリーとチョコレート工場』でも知られる原作者のロアルド・ダールの魅力について、幼い頃からダール作品に触れてきた4人の女性が語り合う。
(取材・文:小杉厚)
▼座談会参加者
寺田ゆい・・・演劇通訳者。本作ミュージカル『マチルダ』の演出家通訳も務めた。
根橋昌子・・・シャペロンや子どもの英語劇指導のほか、『ビリー・エリオット~リトルダンサー~』『マチルダ』など舞台作品の資料翻訳などを行う。
ホリプロスタッフ籔内・・・本作の営業担当。
ホリプロスタッフ大野・・・本作のプロデューサー。
「マチルダは小さな大天才」/ ロアルド・ダール 作 / クェンティン・ブレイク 絵 / 宮下嶺夫 訳 / 評論社
――まず、みなさんにマチルダとの出会い、当時の印象から伺いたいです。
ホリプロ籔内 私は小学校を日本、中学校をオーストラリア、高校をタイで過ごし、大学生のときに日本に戻りましたが、初めてマチルダに出会ったのは小学1年生の頃、映画で「なんてカッコいいんだ! 私もマチルダになりたい」と思いました。授業中に「動かないかな?」と思ってチョークに念力送ってみたりしていましたね(笑)。その頃、週イチくらいで図書館に通っていたのも、マチルダの影響だったのかなと思います。
中学生になってオーストラリアに引っ越すことになり、英語もまったくしゃべれない中、現地校で毎日必死に生きることになったんです(笑)。それから1年経ったとき、その学校にはなにかを頑張った人を表彰する制度があったんですけど、自分も表彰されて学校に来る本のワゴンから3冊、好きな本をもらえることになったんですね。そこで原作の「マチルダは小さな大天才」と出会って、「マチルダ、私も頑張ってたよ」という気持ちになったことを覚えています。
ホリプロ大野 表彰されたのは何歳ぐらい?
籔内 中2くらいです。児童文学なので小さな女の子が読むイメージがあると思いますが、中高生も楽しめる本だと思います。小学生の頃はただただ「マチルダかっこいい!私もああなりたい!」と思っていましたけど、原作本を読んでほかのキャラクターの魅力にも気づいて、次に「ミス・ハニーに出会いたいな」と思うようになりました。
根橋 私は7歳から10歳までの3年間をロンドンで過ごしまして、マチルダと出会ったのは8歳のとき。入っていた現地校でみんなで同じ本を買って読む授業があったんです。そこで原作本と出会ったのですが、みんな同じ本を持っているから、本に名前を書かないといけなくて。手元に残っている本の表紙に、たどたどしい筆記体で書いてあるんですけど(笑)。
大野 めっちゃかわいい(笑)。
根橋 私も急に現地校に入ったので、友達とコミュニケーションや、学校の勉強に追いつくため一生懸命英語を勉強していたんですが、この本に出会って英語自体が好きになりました。
もともと日本語でもファンタジーや冒険ものを読むのが好きで、ジュブナイルに翻案された「レ・ミゼラブル」やギリシャ神話とかを読んでいて。そしてこの原作本と出会うことで英語の読書も好きになったんです。ジュール・ベルヌやスティーブンソンの「宝島」、「ハリー・ポッター」も英語で読みましたが、中学生で日本に戻ったとき、友達の私の第一印象は分厚い「ハリー・ポッター」を読んでいる子、という感じだったみたいで。電車通学のときに読んでいると話に没入してしまって、よく乗り過ごしていました(笑)。
寺田 私も「ハリー・ポッター」大好きっ子でしたね。あとはクラシックですけど「ピーターパン」とか「不思議の国のアリス」も好きでした。もちろんダール作品も全部好きだし、「マチルダは小さな大天才」を読んで、マチルダが読んでいる本を全部自分も読もうとしたんですよ。背伸びしてキップリングやトールキンの「指輪物語」を読もうとしたけど、チンプンカンプンで撃沈しまして(笑)。当時私はマチルダより1、2歳上だったので、彼女はすごくレベルが高い子なんだと思いましたね。マチルダが読んでいる本でも、児童文学の「秘密の花園」や「ナルニア国物語」は読めたし、好きでしたけど。
籔内 私は小学校の低学年の頃は、日本の「わかったさん」「こまったさん」シリーズや「ズッコケ三人組」シリーズ。高学年になるとコバルト文庫を読んでました。海外に行ってからはむしろ日本の小説にハマり、宮部みゆきさんを始め、日本の作家さんの小説をよく読んでいました。英語の本だと「ダレン・シャン」シリーズが好きでした。
大野 みなさんの話を伺うと、児童文学には日常を超えた大きな世界が広がっているのを感じます。私も学生時代をイギリスで過ごしましたが、TVアニメの「シンプソンズ」と「テレタビーズ」ばかり観ていまして(笑)。ただ「ハウルと動く城」の原作者、ダイアナ・ウィン・ジョーンズの「クレストマンシー」シリーズや、ポール・ジェニングスの作品を読んでいました。
寺田さんは「マチルダは小さな大天才」とはどういうふうに出会われたんですか?
寺田 私は小学校の前から大学を卒業するまで、アメリカとイギリスに住んでいまして。小学1年生か2年生か、ちょっと忘れてしまったんですけど、金曜の最後の授業で担任の先生が読み聞かせをしてくれたときに、びっくりするくらい印象に残ったのが、ダールの「おばけ桃が行く」だったんです。原題が“James and the Giant Peach”というんですが、それを先生が毎週1章ずつ読み聞かせてくれて「来週が待ち切れない!」と思うくらい、面白かったことを覚えています。「自分で本を買って先を読んじゃおうかな」と思いましたが、もったいないと思い直してやめて(笑)。そこでダールと出会い、ほかの作品も読むようになりました。
だから「マチルダ」でも学校の教師がキーパーソンになっていますが、私は教師を通じてダール作品と出会い、自分で読んだ「マチルダ」がかなりのお気に入りになりました。
2023年舞台写真/撮影:田中亜紀
――お気に入りのポイントはどこでしたか?
寺田 これは「あるある」かもしれませんが、ダール作品では非力な者が強者に勝つんです。
私もちっちゃい頃、万年反抗期だったんですけど(笑)、マチルダは表向きはそんな反抗的ではないけれど、怒りを原動力に大人に立ち向かっていくし、しかもそれを品があるやり方でやってのける。今だから知っている表現だけど「必殺仕事人」みたいに復讐してくれるところが、スカッとしてカッコいいなと思っていました。
あとはマチルダが女の子というところも大きかったです。
超人的な力を持つ男の子が主人公のお話は多いと思いますが、ダール自身も書くように、マチルダは読書や数学の話を持ち出さなければごく普通の女の子。すごい力を持っているのにそれを誇示することなく謙虚なんです。それに比べ父親のミスターワームウッドやミストランチブルは自己顕示欲の塊みたいな人たちですよね。マチルダは非力だけど大人より精神的に大人だから、力関係も含めて大人と子供の立場が逆転している。作品には大人の力が文字通り、肉体的な暴力や言語的な暴力、あるいはネグレクトとして現れるけど、子供たちは立場が弱くても機転を利かせて立ち向かっていく。そこは小さな頃に憧れました。
2023年舞台写真/撮影:田中亜紀
根橋 作者のロアルド・ダールは子供心をくすぐるのがすごく上手なんですよね。「こうなったらいいな」とか「こうなったら面白いな」ということを物語で実現してくれる。少し残酷な要素すらも、ちょっと笑えるように書かれている。そして英語も完璧ではなかった私は、想像力をかき立ててくれる挿絵も好きで。そこから本屋さんに行くたびに、両親にお願いしてダールの本を買ってもらって。だから本当に「マチルダは小さな大天才」から、ダール愛が始まっています(笑)。
――みなさん海外生活の中で原作本と出会われたわけですけど、日本で出会うのとは距離感が異なった部分はあると思いますか?
寺田 日本では子供の頃にジブリのアニメで育った方が多いですよね。私にとって「マチルダは小さな大天才」との出会いは、その感覚に近いと思っています。子供の頃に「となりのトトロ」を何度も観た方が大勢いると思うんですけど、私も面白いから何回も読み返していたという感じでしたね。
根橋 私も海外への憧れはとくになかったですね。ファンタジーではありますけど、マチルダを自分に重ねて読んでいたと思います。
籔内 私が海外に行くことなく日本で過ごしていたとしても、この作品の捉え方は変わっていないかな。普遍的な作品なので誰もが好きになるし、共感できると思います。
大野 私はイギリスの田舎にある学校に通いましたが、実際に学校にミストランチブルみたいな校長がいたんです。彼女には人種差別的なことも言われたので、大人になって「マチルダは小さな大天才」を読んだとき「あのとき、マチルダのように”That’s Not Right!”と言える勇気があったらよかったのに」と思ったし、今でもそう思います。
ミュージカルの歌詞に”This little girl is a miracle”という一節がありますけど、やっぱり自分の中には今も”This little girl”がいるんですよね。この作品は、そんな彼女に救いの手を差し伸べ解き放ってくれると個人的に感じています。
生徒たちを支配する校長、ミス・トランチブル。本作では男性俳優が演じていることも話題に。 2023年舞台写真/撮影:田中亜紀
――では、プロデューサーとしての視点からはいかがでしょうか?
大野 以前に携わった『ビリー・エリオット〜リトル・ダンサー〜』では、人生を自分で切り拓く少年の姿に、多くの方が自分の幼少期を投影してくださいました。そしてこの『マチルダ』も、とくに女性に絶対受け入れていただける作品だと確信しています。本当に「自分で人生を選んでいいんだ」ということを一つのメッセージとして届けたいですし、それはこの作品の携わるみんなが大事にしたいと思っているところです。
ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』イギリスの炭鉱町に生まれた少年・ビリーがバレエダンサーを目指す物語。2020年上演舞台写真/撮影:田中亜紀
寺田 大人の言葉や行動に理不尽さを感じる経験は、多くの子供にありますよね。学校で強制される謎のルールとか……、大人になった今なら「それはおかしい」と論理的に主張できるけど、マチルダのように子供だと、親の言うことを聞くしかない。ほとんどの人が理不尽さへの葛藤を解消できないまま大人になるし、ミス・ハニーもきっとそうだと思う。だからマチルダがミス・ハニーを救うと、私たちも救われているような気持ちになる。
籔内 大人になって改めてこの物語を読む機会がありましたけど、やっぱり私もミス・ハニーに感情移入する部分が多かったです。そして、マチルダが理不尽な大人たちをやっつける姿には胸がすく思いがします。
マチルダの担任教師ミス・ハニーとマチルダ 2023年舞台写真/撮影:田中亜紀
大野 ”This little girl”は小さい頃の自分というだけではなく、自分の中にいる”Mini Me”みたいな感じなのかも。
根橋 マチルダは「こうでなければいけない」という常識に囚われていないのが素敵ですよね。子供は親の言うことを聞かなきゃいけないとか、女の子は勉強よりかわいくなければいけないとか……、飲み込めずに溜まっていっていくこと、人種や性別にまつわる理不尽さが、この作品に触れるとちょっと昇華されるし、生きていくためのヒントになるというか。
大野 だから私は下の世代にも、自分の娘にも『マチルダ』を観てほしいと思っていて。しかもこの作品ではラストの着地点が、一般的な日本の作品とは全然違うんですよね。あくまで子供が自分で人生を選んでいく姿が描かれている。だから親にしてみると結構怖い話ではあるんですけど(笑)、子供にとって私が言うことがすべてではないし、絶対ではないなと改めて思います。
寺田 それで言うと、マチルダという存在は大人に対する警告でもあると思うんです。大人はなかなか子供だった自分を思い返さないから、子供の気持ちを実感しにくくなるし、子供が大人を頼るしかない分、絶対的な存在になりやすい。だからこそ間違った力の使い方をしないよう、気をつけなければいけない。マチルダは力を持つことの責任を思い出させてくれるし、親になった今はとくにそう感じます。
登場する大人は悪いところが誇張されているから、自分が直接責められているとは思わないけど、大人には子供への影響力があるから気をつけないといけないですよね。そして今の話で思い出しましたが、原作が30周年を迎えた際、ダールが長く住んだバッキンガムシャーに、期間限定でマチルダの銅像を立てることになったそうなんです。それでマチルダだけでなく、彼女が立ち向かう相手の銅像も立てようと、現実世界の誰を相手にするかを投票したんですって。それで選ばれたのがトランプ前大統領(笑)。現代のマチルダにふさわしい敵役だと思いましたね。
2023年舞台写真/撮影:田中亜紀
――そうした古びない風刺性を内包しつつ、この作品はエンタテインメント性が高いところも魅力的ですね。
大野 ミュージカル版は劇場に入った瞬間、おもちゃ箱を開けたような楽しさにあふれています。ブランコやすべり台などの舞台美術もかわいいし、衣裳も日本ではちょっと考えつかないような色使いになっている。今まで話してきたような要素だけだとお説教ぽくなるかもしれないけど、ビジュアル面ではシンプルに「かわいい、素敵!」と乙女心をキュッと掴まれる作品であることは間違いないですね。その上でイギリス人らしい皮肉も込められているので、単なるかわいいファンタジーでは終わらない、侮れない作品なんです。
寺田 私は以前にロンドンで観劇しましたが、エンタメ要素もしっかりあって見応えがあって。『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』もそうかもしれませんが、「こんなにちっちゃい子にこんなことができるなんて!」という部分でも、観ていて圧倒されました。あと原作について言えば、語り部が客観的な視点から説明するんですけど、ところどころで毒舌が効いているのがとてもイギリスらしいし、そこで子供心をわしづかみにされました(笑)。それはダール自身の意見でもあると思うんですけど、それをわざわざ挟んでくるところが面白くて。
2023年舞台写真/撮影:田中亜紀
根橋 原作のナレーターの皮肉っぽいところ、私も大好きです。ただ説明するだけでなく、個人的な意見をちょいちょい入れてくるんですよね(笑)。そういう部分も含めて、本当にキャッチーな始まり方をする物語です。
籔内 映画でマチルダと出会った頃の自分がなにをしていたか、どんな本を読んでいたかはあまり記憶がないんですけど、マチルダのことは強烈に印象に残っていて。それは先ほど大野さんが触れたように、この話が単純なハッピーエンドではないからだと思います。ラストが一癖あるからこそ印象に残ったのだろうし、今も好きと言える作品になったのかなと。「これが正しいことだ」と押し付けるのではなく「なにが正しいのかを、自分でちゃんと考えられるようになろう」というメッセージを感じます。
寺田 ミュージカルでは大人と子供の力関係を風刺的に描いているのも効いていましたね。誇張されてはいるけど、ワームウッド夫妻もダメな親の見本みたいな存在になっていますし。
マチルダを理解しようとしない両親、ミスター&ミセス・ワームウッド 2023年舞台写真/撮影:田中亜紀
――『マチルダ』の魅力についてお話を伺ってきましたが、原作本は子供でも大人でも楽しめる深さがあることが伝わってきました。
寺田 劇中でマチルダは、ミス・ハニーに「私は『ナルニア国物語』のライオンと魔女が好きだけれども、(作者である)C.S.ルイスの唯一の欠点はユーモアがないところだ」と言っていて。子供は大人より笑うことが好きだから、児童文学には笑えるところが絶対あるべきと言うんですね。それはとても的を射ていると思うし、笑いがあるからダール作品は子供に響くのだと思う。だからまずは楽しむことが入口でいいと思うんです。
私自身、初めてこの話を読んだときは、今ほどいろいろ考えるところはなかったですから。楽しくてスカッとするから読んでいたけど、大人になって読み返すと、自身の経験を踏まえて新しい受け取り方ができるようになっていく。きっとこれから原作本、そしてミュージカルに触れられる方々にも、それぞれの経験から見えてくるものがあるだろうと思います。娘にはいずれ原作を読んでほしいし、ミュージカルも観てほしいですね。
根橋 私も息子には原作とミュージカルの両方に触れてほしいし、大人になってこれまでを振り返りつつ読むと、また新しい発見があるだろうと思います。
あと、私はこの作品から「人とは変わっていてもいいんだよ」というメッセージも感じました。友達が読んでないような本をたくさん読んでいるのも一つの個性だし、自由でいいんだな、と。「ガリ勉」という言葉が象徴的ですけど、読書が好きだったり勉強に熱心だったりする子供には、あまりいいイメージがないんですよね。私も休み時間にみんなが遊びに行っても、1人で本を読んでいるのが好きなタイプだったので……(笑)。もちろん友達と遊ぶのも大事ですけど、この作品は本を読み、知識を得ることも大事なんだよと教えてくれる。
寺田 マチルダもたくさんの本を読むことで、自分の価値観を確立していきますよね。これは私自身の感想でもありますが、本を読むことで自分の中で善悪の判断がより明確になるからこそ、図書館通いが始まったあとに親を懲らしめるようになる。だから教育や知識はすごく大きな力になりうるということでもあると思います。学校というモチーフも出てきますが、学校教育を通していろいろなことに触れる経験は、子供にとっては大きなエンパワメントの象徴。
そして、私は原作にあるミセス・フェルプスの言葉がすごく好きなんです。読書について「書いてあることがわからなくても、とりあえず楽しめばいい。音楽みたいに言葉を浴びてればいいんだよ」と言っていて。だから娘が『マチルダ』の原作本を読むときも、私が感じたのと同じメッセージを読み取ってくれなくてもいいし、まずは読むことを楽しんでくれたらと思います。
マチルダの通う図書館の司書、ミセス・フェルプス。2023年舞台写真/撮影:田中亜紀
大野 学校ということで言うと、私はイギリスと日本の、学校という場の捉え方が似ている気がします。アメリカの学校には開放的なイメージですが、私の中にはイギリスの学校は、鬱屈するような場所とイメージが残っていて。教師が絶対的な存在で、4、5歳から突然ねずみ色の制服を着させられ、重たいテキストブックを抱えて通学しないといけないんですよね。しかも教師と生徒、生徒と生徒の間にもヒエラルキーがある。日本の学校にも「学校が世界のすべて」みたいなところがあって、それに苦しむ子供はドロップアウトするし、最悪の結果を迎えてしまうこともある。マチルダも家庭や学校で抑圧されているけど、本の世界を逃げ場にすることで救われた。だから本に限らず、子供たちには逃げ場にできる、自分だけの世界を持っていてほしいです。
寺田 ダール自身も「少年」という自伝で、あまり学校が好きではなかったと書いています。だからその頃の自分を代弁するではないけど、ある意味、子供時代をやり直して、その頃に体験した不正を正してくれる存在として、マチルダを書いたのかもしれない。読んでいる私たちもそう感じるくらいですから。
大野 ダールの作品は、子供だった自分を肯定してくれると同時に「力は自分で勝ちとらないといけない」ということも教えてくれますね。「今、あなたが見ている世界がすべてではないけれど、その枠から飛び出すには自分で力をつけてなければいけない」。そこが作品のベースとしてある気がします。
寺田 あとは「弱者はクリエイティブに戦え」ということも教えてくれている。マチルダたちは子供ならではの戦い方をしますよね。原作ではミストランチブルの体育着の中にかゆくなるパウダーを仕込んだり、座る席にシロップを塗ったり、飲み水の中にイモリを仕掛けたり(笑)。幼稚といえば幼稚ですが、子供ならではの機転を聞かせて小さな勝利を積み重ねていく。社会的な権力を持たないからこそ、自分なりの形で戦っていく姿が描かれている。
大野 マチルダは等身大の日常生活の中で、日常以上の世界を求めて知識を蓄え、強くなっていくんですよね。
寺田 原作だとマチルダの力は、彼女の圧倒的な頭脳から生まれたのでは? という説をミス・ハニーが唱えますけど、私が大人になって思ったのが、マチルダの力の源は正義感なのではないのかなということ。正義のために使う必要があったから生まれた力のような気がします。そしてその正義感や善悪の判断がどこから生まれるのかというと、先ほども言った通り、本から知識を得て、ほかの人の生き方を見ることで得られたものだと思う。
根橋 自分の中に正義があって、善悪の判断ができているから、難解な本が読めて数学にも才能を発揮しても、それをひけらかすこともない。そして自分が持っている力に執着しないんですよね。そういうキャラクターも見ていて気持ちがいいなと思います。
寺田 30周年の話に戻りますけど、あのときにイラストレーターのクェンティン・ブレイクさんが、30歳になったマチルダの絵を描くという企画があって、旅行家や図書館のチーフ、天文学者など、8通りのイラストを描かれたんです。それは多様な可能性があるという点で原作ともつながるし、この作品は「あなたはなんにでもなれる」と応援してくれる話だと改めて感じられてうれしかったです。ちなみにレスリングのチャンピオンになったバージョンもあって。それって「今なら大人に肉体的にも勝てるんじゃない?」ということですよね(笑)。
大野 マチルダは大人になってからも「なんでもできる」ということですね(笑)。本日はマチルダにまつわるいろいろなお話を伺うことができて楽しかったです。ありがとうございました。
Daiwa House presents ミュージカル『マチルダ』