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柚希礼音×安蘭けいasウィルキンソン先生『ビリー・エリオット』対談
2020年9月18日(金)
4ヵ月間のロングランで約16万人にわたる観客の心を揺さぶった初演から3年、ミュージカル『ビリー・エリオット』が帰ってくる。
主人公ビリーにバレエダンサーになる夢を抱かせるきっかけとなる “ウィルキンソン先生”は今回、柚希礼音と安蘭けいがWキャストで務める。かつてともに宝塚歌劇の星組に在籍し、トップと二番手の立場で宝塚を盛り上げてきた二人は今、互いや作品にどう向き合っているのか──。
開幕を約20日後に控えたタイミングで語る胸の内に、耳を傾けた。
取材・文/岡山朋代
毎公演を大切に、ウィルキンソン先生を演じたい
──柚希さんは2017年の日本初演を経て、再演版でもウィルキンソン先生を演じます。
柚希:再演で同じ役をやるハードルの高さをつくづく感じています。初演をなぞるだけではダメですし、より新鮮で血の通った人物をお見せしないといけないですから。加えてコロナ禍での上演になるので、今まで以上に毎公演を大切に、ウィルキンソン先生を演じたいです。
──“進化した再演版”に向けて努力していること、心がけていることを教えてください。
柚希:「再演だからこれを変えてみよう」と実験する感覚はまったくなくて。とにかく最初に演出家から「ウィルキンソン先生は“ここ”を大切に演じてください」と言われたことを、いつまでも色褪せさせることなく舞台の上で立ち上げていきたいと思います。
安蘭:でも、俳優としてのちえ(柚希の愛称)はこの3年で変化したでしょ?
柚希:舞台上での“たたずまい”が変わりましたね。初演ではトップスターだった頃の感覚が抜けず、お客様に向けて演じていた気がするんです。でも今はウィルキンソン先生としてただそこにいるようにして、無理に観客の皆さんに向かって投げかけない。初演で学んだことを、今回もシンプルにリラックスしてやるだけです。
──安蘭さんは再演版からの参加ですね。
安蘭:日本で初演を迎える前に『ビリー・エリオット』をニューヨークで拝見していたんですね、たまたま。英語だったので細かなニュアンスはよくわからなかったけれど、すごく心が突き動かされたんです。一方で、あまりに素晴らしすぎるから日本では絶対に上演できないだろうな……とも感じて。
柚希:どうしてですか?
安蘭:ビリーは子どもに圧倒的なスキルがないとできない役。あの完成度まで成長させるシステムが、日本にはないと思っていたんです。だから日本で上演すると聞いた時には驚きました。
柚希:レッスンを兼ねた1年間にもおよぶオーディションで、ビリー役の子たちを育てたんですよね。
安蘭:「それぐらい時間をかけても上演しよう」と思い立った主催の気概が嬉しかったですね。それで2017年の日本初演を拝見して、やっぱり感動しました。英語でわからなかった展開も、日本語になっていたから伝わってきて。で、ウィルキンソン先生の人物像も自分の中にストンと入ってきたので「この役をやってみたい」と感じるようになりました。そうしたら、あっと言う間に再演が決まり「オーディション受けませんか?」ってご提案いただいて。すぐ「受けます!」って返事して、それでゲットしました!(ガッツポーズ)
柚希ウィルキンソン「第一線が諦めきれず、素直に子どもを愛せない」
安蘭ウィルキンソン「自分の限界を悟ったからこそ、子どもに夢を託したい」
──ウィルキンソン先生について、お二人はどんなアプローチで役づくりなさっていますか?
柚希:宝塚が抜けず、ギラギラしてしまっていた私を見かねた演出家から「“現役バリバリですごく踊れる!”みたいな要素を先生から失くしてくれないか?」と言われて。どこか熱意を感じられないウィルキンソン先生のレッスンぶりからしても、確かに「第一線で行ける」雰囲気では成立しないですよね。
安蘭:実際のちえと、ウィルキンソン先生の間にギャップがあったんだ?
柚希:はい。それで演出家のアドバイスをもとに「かつて第一線を目指していた」設定で行こうと思って。バレエダンサーを目指して本気で努力したけれど、子どもができてしまった。産んでバレエの世界に戻ろうと考えているうちに叶わなくなってしまったから、自分のキャリアを妨げる子どもが憎い。「第一線から引きずり降ろされた」って思いが拭えず、素直に子どもを愛せない役どころです。
「ビリー・エリオット」より 中央左:柚希礼音 中央右:渡部出日寿
安蘭:そうか、私の解釈とは少し異なるね。演出家から聞いた設定はちえと一緒だけど、私は「妊娠したからといって、ダンスを辞める理由になるのかな?」「産んだあと復帰すればいいのに」って思いが芽生えた。復帰しようと思えばできるのにしなかったのは「さてはウィルキンソン、自分の限界に気づいたな?」って仮定したんだよね。
柚希:「もう無理!」って感じてバレエを辞めたんですね。第一線を諦めきれない私の先生に対して、瞳子さん(安蘭の愛称)の先生はある意味、諦めて現状を受け入れているというか。
安蘭:そうそう。だから、ちえの先生は踊れるのよ。でも私のウィルキンソン先生はそこまで実力があるダンサーではない。彼女は小さな炭鉱町の出身で、井の中の蛙だってことを自分で気づいているんです。だからこそ実力のあるビリーを前に「この子を何とかしなきゃ!」って気持ちが掻き立てられたんじゃないかな。
「ビリー・エリオット」より 左:利田太一 右:安蘭けい
柚希:自分が不完全燃焼だったからこそ、ビリーに夢を受け継いでもらいたいんですかね?
安蘭:うん。自分がやり残した、本懐を遂げられなかった気持ちをビリーに託しているんだと思ったんだよね。
宝塚の上下関係を超えて、今は役を共有しあう“同志”
──今回は、宝塚歌劇で星組在籍時代にトップスターと二番手の関係だったお二人がWキャストを務めます。どのような思いを胸にお互いと向き合っていらっしゃいますか?
柚希:初めて聞いた時は「こんなことある?」って驚きました!
安蘭:私が退団してから10年近くして、この『ビリー~』で再会したんだよね。久々に会って、ちえもトップスターを何年もやって経験を積み、実力をつけて今の位置に立っていることが伝わってきた。「頼もしいな」って思いを込めて、この現場では“柚希先輩”って呼ばせてもらってます。
柚希:いやいやいやいや(笑)。下級生だった頃はあまりの実力差に自信がなく、瞳子さんから何を聞かれても「わからないです」と答えるだけで精一杯。でも今は、きっと私がたとえ間違ったことを言っても「え、そうかな?」って返してくださる気がして。前より心の距離が縮まった気がします。
安蘭:宝塚でいうと、今は私の方が新人公演のような状態だからね!(笑)
──お二人は星組時代、本公演と新人公演で同じ役を務めることもありましたよね?
柚希:『プラハの春』と『ガラスの風景』だ!
安蘭:懐かしいね!
──同じ役を共有しあうって、どういう感覚なんでしょう?
柚希:宝塚では代々、本役さん(上級生)が新人公演の子(下級生)を稽古する文化があるんですよ。
安蘭:下級生が本役をやる立場に成長したら、またその下級生に教えて。受け継いでいく。
柚希:同じ役に向き合うのは、この作品で二人だけ。だから下級生が真剣じゃないと腹が立つし「もっとちゃんと考えて」って思う。でも『ビリー~』では、上下関係がハッキリしていた当時とは違うスタンスで同じ役に臨んでいる気がしますね。
安蘭:そうだね。当時は私が教える立場だったけど、今は役に対してお互い対等に意見を言い合っているよね。「私はこう解釈しているけど、ちえはどう考えてる?」って聞いたら「私はこう思って取り組んでいます」って返ってくる。そこに昔の上級生・下級生の関係を持ち込むことは一切なく、ウィルキンソン先生という役を分かち合う“同志”のように思っています。
『ビリー・エリオット』から受け取れるメッセージとは
──『ビリー』を通じて観客へどんなメッセージを伝えたいか、作品の魅力を含めて最後におまとめいただけますか?
「ビリー・エリオット」より 左:橋本さとし 中:中井智彦 右:柚希礼音
柚希:私、ウィルキンソン先生がビリーをロンドンへ送り出す時の描写にグッと来てしまうんですよね。「自分と同じ轍をビリーに踏ませまい」と思っているのか、「ロンドンのバレエスクールは最高だから!」とだけ言って送り出す、大人の思いやり。……みたいなものが、ウィルキンソン先生以外のシーンにもいっぱい散りばめられている。
安蘭:お父さんの、ビリーの夢の実現を思って炭鉱仲間を裏切るシーンも刺さるよね。
柚希:はい、“絆”の力を感じます。だからこんなに、いろんな場面でキュンとするのかなって。これをぜひ、コロナ禍のいま観ていただきたいんです。何の対策なしに人と会ってはならず、リモートでたいていのことが済む世の中になりましたけど、でも「もう一歩だけ」って時、ありません?
安蘭:あるよ。
柚希:髪を切ったことを指摘するだけでセクハラになってしまう……とか、いま人と人を結ぶ関係性の形がどんどん変化しています。でもきっと『ビリー』を観てくださった方には、人が人を思いやる、昔から変わらない普遍的な絆の尊さを実感していただけるんじゃないかな。
安蘭:ビリーの夢を叶えるために、大人たちが自分を犠牲にしてでも行動する姿が素晴らしいよね。「私もそんな大人でいられてるかな」って思わず我が身を顧みてしまう。
「ビリー・エリオット」より 左:安蘭けい 右:益岡徹
柚希:大人が受け取れるメッセージがたくさんあるのもこの作品のよさですよね。
安蘭:うん。それと夢に向かって葛藤しながらも突き進むビリーたちの姿を見たら、きっと励まされるんじゃないかな。コロナが蔓延して、夢も絶たれて「さぁ、これからどうやって生きていく?」って人たちが『ビリー』をご覧になったら、きっと炭鉱町で不況にあえぐ劇中の登場人物とご自身が重なると思うんですね。ただ、その中でも夢を持つことがどれだけ尊く希望になるか──。観客の皆さんが感じられること、この作品にはたくさんあると思います。
「ビリー・エリオット」より 左:中村海琉 右:河井慈杏
本公演は10月17日まで東京・TBS赤坂ACTシアターにて、その後10月30日~11月14日まで大阪・梅田芸術劇場メインホールにて上演。
東京公演チケットは絶賛発売中、大阪公演チケットは9月26日より一般発売開始。
安蘭けい衣装◎ワンピース¥39,000/グレースコンチネンタル、ピアス¥4,419/アビステ、パンプス¥16,000/ダイアナ(ダイアナ 銀座本店)
【公演概要】
Daiwa House presents
ミュージカル『ビリー・エリオット〜リトル・ダンサー〜』
脚本・歌詞:リー・ホール
演出:スティーヴン・ダルドリー
音楽:エルトン・ジョン
【オープニング公演】2020年9月11日(金)~14日(月)TBS赤坂ACTシアター
【東京公演】9月16日(水)~10月17日(土)TBS赤坂ACTシアター
【大阪公演】10月30日(金)~11月14日(土)梅田芸術劇場 メインホール
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